社会保険料が変更される3つのパターン|随時改定のやり方や注意点など解説
昇給したり、手当が増えたりすると、従業員によっては社会保険料の変更が求められるケースがあります。しかし、該当する従業員の条件や、変更が必要な場合の具体的な手続きがわからない方も多いはずです。
本記事では、社会保険料の変更にともなう手続きについて詳しく解説します。変更する際のタイミングや対象従業員の条件などに触れつつ解説するので、ぜひ参考にしてください。
社会保険料を支払う目的
企業や組織に勤務する従業員の給与からは、社会保険料が天引きされます。一般的に、社会保険料とは「健康保険」と「厚生年金保険」の保険料を指します。
社会保険料は、社会保障の財源です。社会保険は、労働者が働けなくなった場合でも基本的な生活を保障し、人々の生活の安定をはかることを目的としています。
報酬月額と標準報酬月額の関係
報酬月額とは、基本給に各種手当を加えた1か月分の報酬のことで、役職手当や通勤手当なども含む総支給額を指します。この報酬月額が変動すると、社会保険料の変更が求められる場合があります。
社会保険料は、一定範囲ごとに区分された「標準報酬月額」をもとに算出していきます。
標準報酬月額は、社会保険料を計算しやすくするために、被保険者の給与などのひと月分の報酬を一定の範囲ごとに区分したものです。それぞれの保険料額表の等級ごとに異なる額が設定されており、等級によって社会保険料が算出されます。
参考:『標準報酬月額は、いつどのように決まるのですか。』日本年金機構
社会保険料の新規・変更を届け出る3つのタイミング
社会保険料の新規加入や変更を届け出る3つのタイミングは、次の通りです(2023年6月時点)。
- 資格取得時の決定(報酬月額の届け出)
- 定時決定(算定基礎届を提出)
- 随時改定(月額変更届を提出)
1.資格取得時の決定(報酬月額の届け出)
企業や事業所は、被保険者を雇用した日から5日以内に「被保険者資格取得届」を日本年金機構(事務センターや年金事務所)へ提出しなければなりません。
働いた実績がない被保険者に対しては、企業の就業規則や労働契約などの内容に基づき、定められた一定のルールにしたがって被保険者の報酬月額を算出し、届け出る必要があります。
2.定時決定(算定基礎届を提出)
昇給などによって報酬月額が年々変動するケースも考えられるため、標準報酬月額は毎年1回見直されます。事業主は、7月1日現在で在籍している全従業員を対象として、4〜6月分の報酬から平均報酬月額を算出します。そして、年金事務所から各企業に送付される「算定基礎届」に記入し、年金事務所に提出しなければなりません。
8月または9月に随時改定が予定されている被保険者がいる場合などは、申し出ることで7月の算定基礎届の提出を省略できます。
3.随時改定(月額変更届を提出)
随時改定とは、定時決定を待たずに標準報酬月額を変更する手続きです。報酬月額が大幅に変わったときは、定時決定とは別に「随時改定」が必要なケースがあります。条件を満たす場合は、報酬の変動月を含む3か月分の報酬の平均を報酬月額として算出します。
そして、変更後の報酬月額を記載した「月額変更届」をすみやかに提出しなければなりません。
随時改定の対象者の人
随時改定は報酬月額が大幅に変更された従業員が対象です。具体的には、次の3つの条件すべてに該当する人です。
(1)昇給または降給等により固定的賃金に変動があった。
(2)変動月からの3カ月間に支給された報酬(残業手当等の非固定的賃金を含む)の平均月額に該当する標準報酬月額とこれまでの標準報酬月額との間に2等級以上の差が生じた。
(3)3カ月とも支払基礎日数が17日(特定適用事業所に勤務する短時間労働者は11日)以上である。
引用:『随時改定(月額変更届)』日本年金機構
「固定的賃金」とは、月給や家族手当など、支給額や支給率が固定されているものを指します。残業代のように毎月変動する賃金は対象外です。
また「変動月」とは、給与変動後の給与が支払われた月を意味します。変動前の標準報酬月額と、変動月から3か月間の標準報酬月額に2等級以上の差が生じた場合は、随時改定の対象です。
【注意】随時改定の対象者とならない人
随時改定の対象は、あくまでも「固定的賃金に変更がある場合」であることを覚えておく必要があります。たとえ報酬月額が2等級以上変動したとしても、残業代などの非固定的賃金のみが変動した場合は、随時改定の手続きは不要です。
また、報酬月額が下がった場合でも、一時的な手当で補填されていれば随時改定の対象にはならない点に注意しましょう。
社会保険料の変更が企業と従業員に与える影響
社会保険料の変更にともない、企業だけでなく従業員に対してもどのような影響があるかを把握しておくことが重要です。従業員に対して社会保険料が変更される旨を説明する際に、次の内容を知っておくとスムーズに手続きができるでしょう。
企業への影響
社会保険料のなかでも健康保険料や介護保険料、厚生年金保険料は企業と従業員で折半するため、社会保険料の上下は企業の支出が増減することを意味します。多くの従業員の社会保険料が一気に変わると、予算が成り立たない恐れがあるため注意しましょう。
従業員への影響
社会保険料の負担が増えることで従業員の手取り額が減るというデメリットはあるものの、社会保険からの給付は増えます。社会保険料の負担が減ったとしても、降給や手当削減などの結果とも捉えられるため、あまり喜ばしくないケースがあることを伝えましょう。
変更後の社会保険料が反映されるタイミング
変更された社会保険料が反映されるタイミングを、資格取得時の決定、定時決定、随時決定の3つのパターン別に見ていきましょう(2023年6月現在)。
1.資格取得時の決定の場合
被保険者の資格を取得した月から社会保険料が反映され、その年の8月まで適用されます。また、被保険者が6月1日から12月31日までの間に資格取得した場合は、翌年の8月まで適用されるのが特徴です。
参考:『標準報酬月額は、いつどのように決まるのですか。』日本年金機構
2.定時決定の場合
定時決定では、毎年7月10日までに「算定基礎届」を提出し、その情報をもとに標準報酬月額等級が決定されます。決定された等級は9月分の社会保険料から反映され、翌年の8月分まで適用されるのです。
3.随時改定の場合
随時改定の対象となって新たな保険料率が適用されるのは、報酬の変動があった月から数えて4か月目からです。変動月から数えて4か月目の社会保険料から反映され、翌年の8月分まで適用されます。
随時改定で月額変更届を提出する方法
随時改定での手続きは、次の2つの方法があります。
- 「月額変更届」を管轄の年金事務所や事務センターに提出する
- 電子申請する
月額変更届を提出する方法についてくわしくご紹介します。
1.従業員の報酬月額に大きな変化がないかチェックする
毎月決まって支給する固定的賃金に変更がないかを確認します。昇給や降給など報酬に影響する動きがないか、在宅勤務手当や通勤手当といった新たな手当が支給されていないかなど、従業員の報酬月額をチェックしましょう。
2.標準報酬月額を算出して随時改定が必要か判断する
随時改定が必要かどうかを判断するには、変動した月から3か月間に支給された標準報酬月額とそれ以前の標準報酬月額を比べて、2等級以上の差があるかを確認します。そのほかの随時改定の条件にも該当する対象者であるか判断し、当てはまる場合は「月額変更届」を作成してください。
3.月額変更届を提出する
日本年金機構の公式サイトから「月額変更届」の書式をダウンロードし、必要事項を記入しましょう。
4.年金事務所から通知を受け取る
届け出をしたら、年金事務所より「健康保険・厚生年金保険資格取得確認および標準報酬決定通知書」が郵送されます。送付された通知書に記載された標準報酬月額を参考にしながら、それぞれの保険料額表に記載されている等級を見て変更後の社会保険料を確認し、給与に反映させましょう。
健康保険料率は都道府県によって異なるため、協会けんぽのホームページより確認してください。
月額変更届に記載する内容
月額変更届に記載すべき内容は、次の通りです。
- 被保険者整理番号
- 被保険者氏名
- 生年月日
- 改定年月
- 従前の標準報酬月額
- 従前改定月
- 昇(降)給
- 遡及支払額
- 給与支給月
- 給与計算の基礎日数
- 通貨によるものの額
- 現物によるものの額
- 合計(11+12)
- 総計
- 平均額
- 修正平均額
- 個人番号[基礎年金番号]※70歳以上被用者の場合のみ
- 備考
保険料を変更する従業員すべての情報を記載します。項目数が多いため、記入漏れがないように正しい情報を記載しましょう。
月額変更届に添付する書類
月額変更届を提出する際に添付する書類は、基本的にありません。しかし、これから解説する「年間平均の保険者算定」制度を活用する場合のみ、添付書類が必要です。
参考:『健康保険・厚生年金保険 適用関係届書・申請書一覧』日本年金機構
参考:『健康保険・厚生年金保険 被保険者報酬月額変更届 厚生年金保険 70 歳以上被用者月額変更届』日本年金機構
社会保険料変更の届け出を出さないリスク
社会保険料変更の届け出は、年末調整や確定申告とは異なり不定期に必要なケースが多く、見落としてしまう企業も少なくありません。
しかし、年金事務所は3〜5年のスパンで事業所を調査しており、届け出がされていないと発覚した場合には数年分の差額を請求されるリスクがあります。その際、企業だけでなく従業員もまとめて社会保険料を支払わなければならず、双方にとって大きな負担でしょう。
意図的に出さない・虚偽の届け出をした場合は罰則
うっかり届け出を忘れた場合の罰則は特に設けられていませんが、悪意があると判断された場合は、健康保険法第208条により「6か月以下の懲役」または「50万円以下の罰金」が科せられるため注意が必要です。
参考:『健康保険法』厚生労働省
一時的に報酬月額が高くなった従業員への対応
繁忙期などで数か月だけ報酬月額が高くなる従業員は、社会保険料が一時的に高くなってしまいます。このような従業員に対しては「年間平均の保険者算定」という制度を活用しましょう。年間平均の保険者算定は、定時決定と随時改定のどちらでも使える制度です。
年間平均の保険者算定の具体例
全国健康保険協会の『令和4年3月分(4月納付分)からの健康保険・厚生年金保険の保険料額表』を参考にしながら、従来の制度と年間平均の保険者算定制度を活用した場合の保険料の差額を算出してみましょう。
基本給が30万円のサラリーマンの場合 | ||||
---|---|---|---|---|
基本給 | 残業手当 | 標準報酬 | 等級 | |
1〜9月 | 30万円 | 1万円 | 31万円 | 23(20) |
10〜12月 | 32万円 | 5万円 | 37万円 | 26(23) |
参考:『令和4年3月分(4月納付分)からの健康保険・厚生年金保険の保険料額表』全国健康保険協会
上記のように、年末の繁忙期を迎えたタイミングで基本給も上がった場合、基本給が上がる前の時期に比べて3等級も上がったことがわかります。固定的賃金が2万円しか上がっていないのに、保険料の負担が増えてしまいます。
(1)固定的賃金の変動月以降の3か月分の平均額 | 32万円+32万円+32万円÷3=32万円 |
---|---|
(2)非固定的賃金の1年間の平均額 | 1万円×9か月+5万円×3か月=2万円 |
(3)(1)と(2)の合計額 | 32万円+2万円=34万円 |
標準報酬の34万円は24等級に該当するため、従来の制度で計算した26等級よりも低くなるとわかりました。
等級※1 | 健康保険料の負担額※2 | 厚生年金保険の負担額 |
---|---|---|
24(21)等級 | 16,677円 | 31,110円 |
26(23)等級 | 18,639円 | 34,770円 |
(※1)等級欄の括弧内の数字は厚生年金保険の標準報酬月額等級
(※2)介護保険第2被保険者に該当しない40歳未満の場合
参考:『令和4年3月分(4月納付分)からの健康保険・厚生年金保険の保険料額表』全国健康保険協会
上記のように、年末の繁忙期を迎えたタイミングで基本給も上がった場合、基本給が上がる前の時期に比べて3等級も上がったことがわかります。固定的賃金が2万円しか上がっていないのに、保険料の負担が増えてしまいます。
2024年10月からの社会保険の適用拡大に注意
社会保険の適用事業所は厚生年金保険の被保険者数101人以上の企業ですが、年金制度改正法によって、2024年10月から被保険者数51名以上の企業に適用範囲が拡大されます。
また、パートやアルバイトなどの短時間労働者の加入条件も以下のように変更されるため、自社の社会保険加入の対象者をあらためて把握する必要があるでしょう。
新たな加入対象者は、以下の条件すべてに該当する短時間労働者です。
- 週の所定労働時間が20時間以上30時間未満である
- 月額賃金が8.8万円以上である
- 2か月を超える雇用の見込みがある
- 学生ではない
企業は、従業員の賃金の変動に合わせた適切な額の社会保険料を算出するとともに、社会保険の加入対象について適切に対応できているかを見逃さないよう心掛けましょう。
社会保険料の変更のタイミングや注意点を正確に理解しましょう
相互扶助の精神から生まれた社会保険には、法人をはじめ、一定の条件を満たした事業所に加入義務があります。社会保険料が変わるタイミングや変更する際の手続きを正確に把握することで、追徴などのトラブルを未然に回避できるでしょう。
特に随時改定は不定期に発生するため、従業員が多い会社であるほど見落としてしまいがちです。従業員の給与の変動を把握し、固定給や手当などの変更があった際は、随時改定の対象であるか同時に確認しましょう。
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