賃上げとは【わかりやすく】ベアや定期昇給との違い、実施状況や増加する理由を紹介
2023年の春闘をきっかけに、賃上げを実施する企業は増えています。多くの企業が賃上げを行うなか、「自社も行うべきだろうか」と判断に迷うことも少なくないでしょう。
賃上げを検討するには、情報収集が不可欠です。社会的な動きはもちろん、他社の状況やリスクなど包括的に把握する必要があります。
本記事では、賃上げをわかりやすく解説しています。賃上げの話題でよく耳にする「定期昇給」「ベア」といった言葉や、企業別・業界別による現在の賃上げ実施状況、なぜ賃上げが注目されているのかなどを紹介します。
賃上げとは? 種類
賃上げとは、従業員の賃金を上げることを指します。2023年以降、賃上げに踏み切る企業が増えています。経団連の2024年春闘第1回集計によると、大企業では平均1万6,609円(+ 5.3%)、中小企業では平均1万1,912円(+ 4.42%)の引き上げがありました。
参照:『中小賃上げ4.42%、32年ぶり高水準 非正規にも広がる』日本経済新聞
賃上げには2種類の方法があります。
- 定期昇給
- ベア(ベースアップ)
定期昇給
定期昇給は、社内昇給制度により従業員の賃金を定期的に引き上げる方法です。年次昇給や定期的な査定に基づいて行われ、従業員が企業で一定期間働いたあとに、各社のスケジュールにしたがって賃金を上げます。
定期昇給の昇給率・昇給額は、従業員の年齢や勤続年数に応じて一律で定められている場合と、個人の経験やスキル、業績などに応じて決定する場合があります。
ベア(ベースアップ)
ベアとは「ベースアップ」を略した言葉です。給与のベースとなる基本給を引き上げる方法です。
従業員ごとに昇給の有無、昇給率、昇給額が異なる定期昇給と違い、ベアはすべての従業員に対して一律、または同じ割合で賃上げを実施します。
組織全体の経済的健全性や業績のほか、物価上昇など、賃金の調整が必要な状況に応じて実施されるのが一般的です。
2023年賃上げの実施状況
厚生労働省が公表した資料『賃金引上げ等の実態に関する調査』によると、2023年中の賃金改定の実施状況は、1人あたりの平均賃金を「引き上げた(引き上げる)」とした企業の割合が89.1%(前年85.7%)となっています。
規模・業界・役職問わず実施企業は増加
同じ調査で規模別の割合で見ると、いずれも8割以上が「引き上げた(引き上げる)」と回答しており、規模が大きいほど割合が高い結果となりました。
従業員規模 | 2023年 | 前年 |
---|---|---|
5,000人以上 | 97.3% | 96.0% |
1,000~4,999人 | 93.3% | 91.9% |
300~999人 | 93.1% | 90.2% |
100~299人 | 87.4% | 83.7% |
業界別では、「建設業」がもっとも割合が高く、もっとも低い「鉱業、採石業、砂利採取業」も9割を超えました。
業界 | 2023年 | 2022年 |
---|---|---|
建設業 | 99.7% | 95.4% |
製造業 | 97.4% | 94.8% |
電気・ガス・熱供給・水道 | 92.9% | 92.4% |
不動産業、物品賃貸 | 92.3% | 93.3% |
情報通信業 | 91.8% | 89.3% |
学術研究、専門・技術サービス業 | 91.4% | 95.7% |
金融業、保険業 | 91.0% | 92.9% |
鉱業、採石業、砂利採取業 | 90.9% | 86.6% |
職種別に見ても、管理職と一般職の両方で、前年と比べて賃金改定を実施した割合が大幅に増加しています。
昇給の種類 | 役職 | 2023年 | 2022年 |
---|---|---|---|
定期昇給 | 管理職 | 71.8% | 64.5% |
一般職 | 79.5% | 74.1% | |
ベア(ベースアップ) | 管理職 | 43.4% | 24.6% |
一般職 | 49.5% | 29.9% |
中小企業の実施状況
全国商工会連合会による調査によると、2023度に賃上げを実施した中小企業は33.5%です。厚生労働省の調査と同様に製造業(機械・金属)・建設業などが積極的に実施しています。ただし、賃上げの実施には事業者間で差があり、事業規模や従業員規模が大きいほど、実施率が高い傾向にあります。
中小企業における賃上げ率については二極化しており、2.0%以内が50%、3.0%超が34%です。中小企業が賃上げを実施する理由は「従業員のモチベーション向上」「人材確保・定着」が多く、従業員の処遇を重視していることがわかります。
一方、物価上昇による人件費以外のコスト増加により、賃上げを実施できていない企業もあります。世の中の経済状況により、価格転嫁が進んでいる企業は賃上げを実施できていますが、94.9%は価格転嫁がほとんどできていない状況です。
このような背景から、中小企業では賃上げ環境の整備を課題とする企業もあるでしょう。
参考:『商工会地区の賃上げ状況等(小規模企業景気動向調査6月期付帯調査結果)について』全国商工会連合会
賃上げ促進税制とは
近年の物価上昇などの社会的背景を受け、政府は企業の賃上げ促進を進めています。そこで2022年4月に導入されたのが「賃上げ促進税制」です。
賃上げ促進税制は、前年度より従業員の給与などの支給額を増やすと、増額した一部の税額を控除できる制度です。大企業向けと中小企業向けに、それぞれ税制控除が設けられています。
2024年度から適用される控除の要件や控除額は以下の通りです。
給与等支給額(前年比) | 税額控除率 | |
---|---|---|
大企業向け | 継続雇用者の給与等支給額が3%・4%・5%増加 | 3%増加で10% 4%増加で15% 5%増加で20% |
中小企業向け (新設) | 継続雇用者の給与等支給額が3%・4%増加 | 3%増加で10% 4%増加で25% |
中小企業向け | 全雇用者の給与等支給額が1.5%・2.5%増加 | 1.5%増加で15% 2.5%増加で30% |
※2024年4月1日から2027年3月31日までの間に開始する各事業年度に適用
企業は税制上のメリットを得られることから、賃上げ促進につながることが期待できます。
2024年賃上げの見通し
2024年春闘においては、前年12月に連合(日本労働組合総連合会)が「賃上げ分3%以上、定期昇給相当分を含め5%以上の賃上げを目指す」と発表しています。前年の方針と比べても、より強調された表現になっていることがわかります。
2023年春闘では、3.60%の賃上げ率が達成され、30年ぶりの高水準となりました。2024年の春闘集中回答日には、賃上げ要求に対する満額回答が相次ぎ、最終的な賃上げ率は2023年を上回る見込みです。
依然として高い物価指数が継続しているため、高水準の賃上げが期待されています。
賃上げが進む理由
近年、賃上げが進んでいる理由は主に3つ挙げられます。
- 政府の後押し
- 物価の上昇
- 人材の確保
政府の後押し
賃上げが進む理由の一つは、政府の後押しです。日本政府は賃上げにより国民の所得を底上げして消費を喚起し、成長への好循環を生み出す施策を提示しています。
具体的には、中小企業を支援する賃上げ税制の抜本的拡充や、医療分野などにおける公的価格の引き上げ、適切な価格転嫁を促す指針の公表です。原油や原材料の価格上昇に対処するための環境整備にも乗り出し、中小企業が価格転嫁を行えるような施策を打ち出しています。
2024年1月に岸田文雄首相も「物価上昇を上回る所得増を実現しなければならない」と述べ、企業に対してより強力な賃上げを求めました。賃上げと所得税・住民税の減税により「夏には可処分所得が物価上昇を上回る状態を確実につくる」とも公言しています。
以上のような背景から、企業が賃上げしやすい環境が整ってきているといえるでしょう。
参考:『経済3団体共催2024年新年会』首相官邸
参考:『岸田内閣総理大臣記者会見』首相官邸
物価の上昇
円安の加速やロシアのウクライナ侵攻、エネルギー・原材料費の高騰などによる物価の上昇も、賃上げの理由です。多くの企業では、このような社会情勢から、従業員の生活を守るために賃上げを実施しています。
賃上げをせずに生活が苦しくなるのを放置していると、人材は賃金の高い他社へと転職してしまう恐れがあり、賃上げに乗り出す企業が増えています。
人材の確保/モチベーション維持・向上
企業が賃上げを進める背景には、人手不足も一つの理由です。
少子高齢化により業種を問わず人材不足に悩む昨今、どの企業でも優秀な人材を確保しようと競争が激化しています。他社よりも高い給与水準を提示することで、人材の確保につながります。
また、物価高が深刻化する状況での賃上げは、ステークホルダーに「従業員を大切にする企業」というイメージを与えます。今いる従業員のエンゲージメント向上にも貢献し、定着率の向上が期待できるでしょう。
賃上げを決定した企業
近年、賃上げを決定・実施した企業を紹介します。
ファーストリテイリング
「ユニクロ」や「GU」などを展開するファーストリテイリングは、昨今の物価上昇を背景に、人材への投資を強化することが競争力や成長力に影響すると考え、2024年3月から最大40%の賃上げを行うことを発表しています。
具体的には、各職種や階層に応じた能力や条件を明確にし、それに基づいてグレードごとの報酬水準を見直します。
たとえば、新入社員の初任給を現在の25万5,000円から30万円に引き上げる(年収で約18%アップ)ほか、新人店長は月収29万円から39万円に引き上げます(年収で約36%アップ)。
そのほかの社員も、年収で数%〜約40%の賃上げを実施することを公表しています。
参照:『グループ企業ニュース(2023年1月11日)』株式会社ファーストリテイリング
イオングループ
流通大手のイオングループは、従業員の定着を促進し、物価高による負担を緩和するための支援策として、2024年春にグループ全体のパート従業員の平均時給を2年連続で約7%引き上げる方針を発表しています。
国内のスーパーや専門店など約150社、約40万人の従業員に適用されます。現行の平均時給は1,070円で、春以降は75円程度の引き上げとなる見通しです。
同時に、11万人の正社員にも賃上げを目指す方針も明らかにしています。
オリエンタルランド
東京ディズニーリゾートを運営するオリエンタルランドは、優秀な人材を確保する目的で、2024年4月からパートやアルバイトを含む従業員約 24,400人の賃金を平均約6%引き上げると発表しました。
具体的には、パートやアルバイトの時給を一律で70円引き上げ、大卒や大学院卒の新入社員の初任給は 17,000円上乗せするとしています。
参照:『従業員の賃金改定について(2024年2月9)日』株式会社オリエンタルランド
日本で賃上げが進まなかった理由
これまで日本では、賃上げが進んできませんでした。
厚生労働省の資料によると、1993年以降、日本の賃上げは1万円を超えず、賃上げ率も2002年以降1%台に低下しています。その後も、2022年まで5,000〜7,000円、2%前後の推移に止まり、大規模な賃上げは行われていません。
背景には、長らく続いたデフレの影響でコスト削減ばかりに注視し、賃上げが後回しにされてきたことが挙げられます。経済状況や競争が激しい中で、収益を確保するために賃上げが避けられてきたのでしょう。
また、日本では高齢化も影響していると考えられます。65歳を過ぎても働く人が増え、企業は正規雇用者に比べて賃金が低い非正規雇用者を雇うようになりました。賃金を上げなくても働いてくれる人がいる状況が続いたことも、賃上げが進まなかった理由といえます。
参考:『民間主要企業における春季賃上げ状況の推移』厚生労働省
賃上げのメリット・デメリット
最後に賃上げのメリット・デメリットについて解説します。
モチベーションや生産性の向上のメリット
賃上げは、従業員のモチベーション向上につながり、結果的に生産性向上にもつながります。収入が増えることで、従業員は満足感を得られると同時に、自社に対する帰属意識が高まります。「給料が上がったのだからさらに頑張ろう」と仕事に対する意欲も高まるため、生産性の向上も期待できます。
優秀な人材の獲得・定着のメリット
賃上げにより、他社よりも好条件を提示できれば、優秀な人材を引き付けやすくなるでしょう。自社が求める人材が活躍してくれると、企業の競争優位性も高まります。
また、賃上げは今いる従業員の定着も期待できます。自社の給与水準に満足してもらえると、人材流出のリスクも軽減するでしょう。
人件費増加のデメリット
賃上げにより従業員の給与を引き上げると、より多くの人件費がかかります。収支のバランスを欠いて、収益が賃上げに追いつかない場合、財務の健全性が損なわれることも考えられるでしょう。
賃上げで発生したコストにより、製品やサービスの価格転嫁が進まず、他社との競争力が低下すれば収益の悪化につながります。人件費を抑えるために雇用を縮小せざるを得ず、人材不足を招くかもしれません。
賃上げ後の減額がしにくいデメリット
労働契約法において、企業と従業員双方の合意がなければ労働条件の変更はできません。給与も労働条件に含まれ、賃上げしたあとに従業員の合意なく一方的に賃金を減額すれば違法です。
仮に従業員の合意を取りつけたとしても、賃金が下がれば従業員のモチベーションは低下してしまうでしょう。
賃上げは慎重に検討を(まとめ)
賃上げとは従業員の賃金を上げることです。日本では1993年以降、大幅な賃上げが行われてきませんでした。
しかし、円安と物価上昇が深刻化する今、2023年の春闘をきっかけに、約30年ぶりに大規模な賃上げに乗り出す企業が増えています。政府の後押しもあり、2024年はさらに賃上げが促進される見通しです。
賃上げは、従業員のモチベーション向上や優秀な人材の確保に役立ちます。一方で、無茶な賃上げはかえって収益を悪化させるリスクをともないます。
一度賃上げしてしまうと、なかなか減額することはできません。賃上げを検討している企業は、長期的な計画を立てたうえでの実施が重要です。