労災保険の適用対象者|役員は対象外? 特別加入制度や加入条件・手続きをわかりやすく解説
労災保険とは、業務中・通勤中の事故によるケガや病気を補償する公的な保険制度です。労災保険の対象は原則的にすべての労働者ですが、一部例外となる対象者もいます。
本記事では、労災保険の適用対象者や対象外となる人に向けた特別加入制度について、具体的な加入条件や手続きをわかりやすく解説します。
労災保険とは?
労災保険とは、業務中のできごとに起因するケガや病気を補償する制度です。業務に従事している間や通勤中に発症した病気やケガ、死亡に対して給付を実施し、労働者や遺族を保護することを目的としています。
労災の種類
労災保険の補償対象となる労働災害は、主に以下の3種類です。
業務災害 | 従業員が業務中に負ったケガや病気、障害または死亡(残業や出張、業務目的での外出中も含む) |
複数業務要因災害 | 事業主が異なる複数の職場で働く労働者が、労働時間やストレスなどにより負った疾病 |
通勤災害 | 業務に必要な移動中に負った疾病 |
労災保険給付の種類
労災保険の給付金の内容は、以下の8種類です。
給付金 | 補償内容 |
---|---|
療養(補償)等給付 | 労災に起因する傷病の治療費を給付 |
休業(補償)等給付 | 労災の療養のため働けない期間の賃金のうち、一定割合を支給(休業4日目以降) |
障害(補償)等給付 | 労災に起因する怪我や疾病により、障害が残った場合に支給 |
遺族(補償)等給付 | 労災で従業員が死亡した場合、遺族に支給される年金や一時金 |
葬祭料等(葬祭給付) | 労災で死亡した従業員の葬儀を執り行う際に支給される一時金 |
傷病(補償)等年金 | 労災から1年6か月が経過しても傷病が治らない場合や、傷病が原因の障害が傷病等級に当てはまる場合に支給 |
介護(補償)等給付 | 労災に起因する怪我や病気により、介護を受けている場合に支給 |
二次健康診断等給付 | 健康診断で脳や心臓に関する疾患など一定項目に該当する場合に、二次健康診断や特定保健指導を無料で受診できる制度 |
労災保険料と事業主負担
健康保険料や厚生年金保険料などは労使折半ですが、労災保険料は原則として事業主が全額を負担します。ただし、特別加入制度の適用者に限っては、労働者が保険料を全額負担する決まりです。
労災保険の保険料率は業種によって異なり、業務中のリスクが高いほど保険料率も上がる仕組みです。つまり、労働災害が起きる可能性が高い業種ほど、保険料を多く支払うよう定められています。
たとえば、2024年4月1日施行の労災保険料率は、業種ごとに以下のように差が設けられています。
(単位:1/1,000)
事業の種類 | 労災保険料率 |
---|---|
金属鉱業、非金属鉱業(石灰石鉱業またはドロマイト鉱業を除く)または石炭鉱業 | 88 |
林業 | 52 |
採石業 | 37 |
道路新設事業 | 11 |
卸売業・小売業、飲食店または宿泊業 | 3 |
通信業、放送業、新聞業または出版業 | 2.5 |
労災保険料は以上の料率に、賃金総額を掛けて計算します。
労災保険の適用対象者
労災保険は、従業員が仕事中や通勤中に被ったケガや病気に備えるための制度です。保険の特性上、ほとんどの労働者が対象ですが、なかには例外もあります。また適用除外の労働者に対しても、救済的な制度が設けられています。
労災保険の適用対象者について解説します。
原則すべての従業員が対象
労災保険は、原則としてすべての労働者が対象です。具体的に労災保険の適用対象となる労働者とは、以下の2つを満たす人です。
- 使用者に従属している
- 労働の対価として賃金を受け取っている
以上の条件を満たしてさえいれば、雇用形態に関係なく適用されます。正社員はもちろん、アルバイトやパート、日雇い労働者や外国人労働者、高年齢労働者も労災保険の対象です。
派遣労働者については、直接の雇用主である人材派遣会社で労災保険に加入します。
ただし、派遣労働者が実際に働くのは派遣先の企業です。そのため、派遣労働者の業務に起因するケガや病気については、必要に応じて派遣先から人材派遣会社に連絡しなければなりません。
参照:『労災補償』厚生労働省
適用対象外の従業員
労災保険は原則すべての従業員が対象ですが、海外派遣者が労災保険の適用を受けるためには特別加入制度を利用する必要があります。
また、事業主の同居親族が労災保険に加入するためには、以下の2つの条件を満たさなければなりません。
- 事業主の指揮命令に従い、業務に従事していることが明確
- 就労実態や賃金の支払い、そのほかの労働条件や労務管理がほかの労働者と同様
代表取締役をはじめ会社の執行権を持つ役員は労働者ではないため、労災保険の対象外です。使用者との従属関係がない個人事業主・フリーランスなど、業務委託契約における作業者も同様です。
一方で、代表権を持たない工場長や、兼務役員は労災保険の対象となります。
加えて、農林水産業に従事する労働者は労災保険に加入しない場合があります。以下の条件で農林水産業を行う事業所については、例外として労災保険への加入が任意とされているためです。
- 労働者数が5人未満の個人経営の農業(特定の危険・有害な作業を主として行う事業以外のもの)
- 労動者を常時使用せず、かつ、年間に使用する労動者数が延べ300人未満の個人経営の林業
- 労働者数5人未満の個人経営の畜産・養蚕・水産(総トン数5トン未満の漁船による事業など)の事業
ただし、以上の条件に当てはまる事業所であっても、労働者の過半数が希望する場合は、労災保険に加入しなければなりません。
労災保険の特別加入制度における適用対象者
労災保険の特別加入制度とは、使用者や適用対象外の労働者でも労災保険に加入できる仕組みです。
特別加入制度を利用し保険料を納付すれば、労働災害にあった場合に、通常と同様の給付を受けることが可能です。
特別加入には、以下の3つの区分があります。
区分 | 対象者 |
---|---|
第1種特別加入者 | ・中小事業主 ・中小事業主が行う事業の家族従事者 ・中小事業主が行う事業の代表者以外の役員(法人企業の場合) |
第2種特別加入者 | ・一人親方など ・特定作業従事者(計9種) |
第3種特別加入者 | ・海外派遣者 |
それぞれの適用対象者の概要や要件について、以下で詳しく解説します。
第1種特別加入者
第1種特別加入者に該当するのは、中小事業主やその役員などです。
通常、事業主や役員などは労働者ではなく使用者なので、労災保険の対象外です。
しかし実態として、中小事業主の事業では、使用者が業務に従事しているケースも多く、労働者と同様に労働災害のリスクがあると考えられます。
そのため特別加入制度を通じて、労働者と同様の働き方をする事業主(役員)を保護しています。
ただし、第1種特別加入の適用を受けるためには、業種ごとの従業員規模要件を満たす必要があります。
業種 | 従業員規模要件 |
---|---|
金融業・保険業・不動産業・小売業 | 常時50人以下 |
卸売業・サービス業 | 常時100人以下 |
上記以外の事業 | 常時300人以下 |
第2種特別加入者
第2種特別加入者に該当するのは、個人タクシーの運転手やとび職人、林業などの事業を1人で営む人や、以下の9種類の作業に従事する人です。
- 特定農作業従事者
- 指定農業機械作業従事者
- 国または地方公共団体が実施する訓練従事者
- 家内労働者およびその補助者
- 労働組合などの常勤役員
- 介護作業従事者
- 芸能関係作業従事者
- アニメーション制作作業従事者
- ITフリーランス
以上の作業は、労働災害の発生リスクが高いと考えられているため、特別加入が認められています。
なお2024年11月からは、特別加入の適用範囲が拡大され、より幅広い事業を行うフリーランス(特定受託事業者)が労災保険に特別加入できるようになります。詳細は厚生労働省のサイトでご確認いただけます。
参照:『令和6年11月から「フリーランス」が労災保険の「特別加入」の対象となります』厚生労働省
第3種特別加入者
第3種特別加入者に該当するのは、海外に派遣される労働者です。
本来、日本の労災保険は国内の事業所に従事する労働者を対象としており、海外に派遣される労働者には滞在国の保険制度が適用されます。
しかし派遣先によっては、日本と比べて低い水準の補償しか設けられていない国もあるでしょう。労働者が適切に保護されない事態を防ぐために、特別加入が認められています。
第3種特別加入の対象者は、以下の通りです。
- 国内の事業主(有期事業を除く)から海外で行われる事業(海外支店や海外の提携先企業など)に労働者として派遣される人
- 国内の事業主から海外の中小規模事業※に、労働者ではない立場として派遣される人
※第1種特別加入と同じ従業員規模要件を満たす事業
- 独立行政法人国際協力機構など、開発途上地域に対する技術協力の実施の事業(有期事業を除く)を行う団体から派遣され、開発途上地域で行われている事業に従事する人
労災保険の加入条件と加入手続き
労災保険は、従業員を1人でも雇用している事業主が加入義務を負う制度です。そのため、事業を開始し、従業員を初めて雇用した場合は、すみやかに労災保険への加入手続きを行う必要があります。
労災保険の手続きは、基本的に「雇用保険」とまとめて「労働保険」の加入手続きとして進めます。
手続きには、労働基準監督署などに所定の書類提出が求められ、雇用契約が成立してから10日以内に完了させなければなりません。さらに毎年の年度更新の際には、賃金総額の確定に基づく精算も必要です。
労災保険の加入条件や必要な手続きの方法について概要を紹介します。
労災保険の加入条件
原則として、従業員を1人でも雇用している企業には、労災保険の加入義務があります。
ほとんどの企業は、従業員を初めて雇用する際に、労災保険の加入手続きを行わなければなりません。
参照:『労災補償』厚生労働省
労災保険の加入手続き
従業員を初めて雇用する場合、期限内に以下の書類を提出する必要があります。
書類名 | 提出期限 | 提出先 |
---|---|---|
・保険関係成立届 ・履歴事項全部証明書(写)1通 | 保険関係成立の翌日から10日以内 | 所轄の労働基準監督署 |
労働保険概算保険料申告書 | 保険関係成立の翌日から50日以内 | 以下のいずれか ・所轄の労働基準監督署 ・都道府県労働局 ・日本銀行の代理店 ・全国の銀行、信用金庫、郵便局 |
保険関係が成立した日とは、従業員を初めて雇用した日のことです。
労災保険は原則すべての従業員が対象
労災保険の適用対象者は、原則としてすべての従業員です。従業員を1人でも雇用する企業は、雇用形態に関係なく従業員を労災保険に加入させる義務があります。
ただし、代表取締役をはじめ執行権を持つ役員や、海外に派遣される労働者などは労災保険の適用対象外です。なお、本来なら労災保険に加入できない人でも、一定の条件を満たせば特別加入が認められます。
労災保険は、業務に起因するケガや病気などを補償するための大切な制度です。従業員が安心して働けるよう、労災保険の仕組みを正しく理解し、適切に手続きを進めましょう。