雇用契約は口頭でも有効|口約束を破ったらどうなる? 法的リスクを解説
労働者が雇用主のもとで労働に従事し、雇用主がその労働に対して賃金を支払うと約束する契約を雇用契約といいます。
雇用契約は口頭でも成立するため、なかには雇用契約書を取り交わさない企業もあります。ただし、書面のない契約にはリスクが潜むため、注意が必要です。
本記事では、口頭による雇用契約であっても有効とされる理由を詳しく解説します。雇用契約書と労働条件通知書の違いや、契約時の口約束を破った場合に起こり得るケースも紹介するため、人事労務担当者はぜひ参考にしてください。
雇用契約は口頭でも有効
雇用契約は口頭でも成立します。
民法第623条では、雇用契約の成立について以下のように定められています。
(雇用)
引用:『民法 第623条』e-Gov法令検索
第六百二十三条 雇用は、当事者の一方が相手方に対して労働に従事することを約し、相手方がこれに対してその報酬を与えることを約することによって、その効力を生ずる。
民法上、一部の例外を除いて、契約は書面である必要はありません。雇用契約書の作成はあくまでも任意であり、雇用主と労働者の双方が合意すれば口頭でも雇用契約は成立します。
正社員のような無期雇用契約を締結する際は、雇用契約書を取り交わすのが一般的です。
しかし、アルバイトやパートのような有期雇用契約は、雇用契約書を作成しない企業も存在します。特に規模の小さな中小企業だと、口頭のみで有期雇用契約を結ぶケースもめずらしくないようです。
ただし、雇用契約に関して口約束をしただけでは契約内容を証明できないため、労使間でトラブルが発生し、争いごとへ発展する可能性も否定できません。
労使ともに安心して働ける環境を整備するためにも、口頭だけでなく、雇用契約書は用意すべきといえるでしょう。
契約期間
口頭による雇用契約でも、雇用契約書を取り交わす際と同様、契約期間を個別に定めることが可能です。口約束の法的な効力の時効は5年間または10年間です。
この期間は、民法第166条における「債権の消滅時効」を根拠としています。
(債権等の消滅時効)
引用:『民法 第166条』e-Gov法令検索
第百六十六条 債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。一 債権者が権利を行使することができることを知った時から五年間行使しないとき。二 権利を行使することができる時から十年間行使しないとき。
しかし、口約束では雇用契約期間がうやむやになってしまう恐れがあるため、書面で契約を締結することが望ましいでしょう。
雇用契約は口頭でも労働条件の通知は行う
口頭のみでも雇用契約は締結可能であるものの、労働条件が書面化されていないと契約内容の解釈に相違が生まれ、労使間トラブルにつながる恐れがあります。
そのため、弱い立場にある労働者を保護する観点から、企業には賃金や労働時間などの労働条件を明示する労働条件通知書の作成・交付が義務づけられています。
(労働条件の明示)
引用:『労働基準法 第15条』e-Gov法令検索
第十五条 使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。この場合において、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない。
万が一、労働者に労働条件通知書を交付しないと、労働基準法第120条で定める労働条件の明示義務の違反となり、30万円以下の罰金が科せられる恐れがあるため注意が必要です。
書面以外による労働条件の明示も認められるようになった
2019年4月1日より、書面だけでなくFAXやメール、SNSなどを活用した労働条件の明示も認められています。したがって、労働条件通知書を紙で発行していないという理由だけでは、ただちに違法とみなされることはありません。
ただし、書面以外で労働条件を明示する場合は、以下の条件を満たす必要があります。
- 労働者がFAXやメール、SNSなどでの明示を希望している
- 出力すれば書面を作成できる
自宅にインターネット環境が整っていなかったり、FAXやパソコンなどがなかったりする従業員もいるでしょう。書面以外で労働条件を明示する場合は、あらかじめ従業員に通知方法を確認しておくことが大切です。
参考:『労働基準法 第15条、120条』e-Gov法令検索
参考:『「労働基準法施⾏規則」 改正のお知らせ』厚生労働省
雇用契約書と労働条件通知書の違い
労働者を雇用する際、雇用契約書と労働条件通知書を取り交わすケースが多いものの、両者の違いがいまいち理解できていないという方もいるかもしれません。
雇用契約書は雇用主と労働者の合意を確認する書類であるのに対し、労働条件通知書は雇用主から労働者に対して労働条件を伝える書類です。
両者の違いとして、以下の3つが挙げられます。
- 雇用主と労働者の合意が必要であるか
- 作成・交付が義務づけられているか
- 適用される法律
雇用契約書 | 労働条件通知書 | |
---|---|---|
書面締結の必要性 | 任意(作成・交付が推奨されているものの、罰則規定はない) | 義務 |
合意の必要性 | 雇用主と労働者での合意が必要 | 雇用主側から一方的に交付するため、合意は不要 |
適用される法律 | 民法 | 労働基準法 パートタイム労働法 |
以上より、労働条件通知書さえ作成・交付すれば、雇用契約書を取り交わす義務はありません。また「労働条件通知書兼雇用契約書」として2種類の書類を1つにまとめて作成することも認められています。
労働条件通知書で明示すべき事項
労働条件通知書に決まった書式はないものの、記載すべき項目は労働基準法によって定められています。労働条件通知書に記載すべき項目は、必須の「絶対的明示事項」と、自社が制度を導入している場合に記載が求められる「相対的明示事項」の2つです。
労働基準法第15条第1項、労働基準法施行規則第5条において、企業は以下の7項目を絶対的明示事項として明示するよう義務づけられています。
- 契約期間
- 有期雇用契約を更新する場合の基準
- 就業場所や従事する業務
- 始業・終業時刻や休憩、休日など
- 賃金の決定方法や支払い時期
- 退職に関すること(解雇事由を含む)
- 昇給
絶対的明示事項は、昇給についての内容を除き、原則として書面で交付しなければなりません。ただし、労働者が希望した場合に限り、FAXやメールなどで明示することも可能です。
また、契約社員やパート・アルバイトなど雇用期間の定めがある有期雇用契約の場合は、契約更新の有無と更新する際の判断基準をわかりやすく明示する必要があります。
さらに、パートやアルバイトのような短時間労働者を雇用する際は、パートタイム労働法の定めにより以下の4点も絶対的明示事項に含めなければなりません。
- 昇給の有無
- 退職手当の有無
- 賞与の有無
- 相談窓口
また、相対的明示事項は以下の8項目です。
- 退職手当
- 賞与
- 食費や作業用品などの負担
- 安全衛生
- 職業訓練
- 災害補償
- 表彰や制裁
- 休職
相対的明示事項は、労働条件通知書に記載せず、口頭で伝達しても問題ないとされています。しかし、退職手当やボーナスなどを制度として導入している企業は、トラブル回避のためにも労働条件通知書に記載しておくことをおすすめします。
参考:『労働基準法 第15条』e-Gov法令検索
参考:『労働基準法施行規則 第5条』e-Gov法令検索
参考:『短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律』e-Gov法令検索
口頭だけの雇用契約はリスクが大きい
口頭のみでの雇用契約締結には、大きく分けて「法律違反に問われるリスク」と「信頼性が損なわれるリスク」の2つが考えられます。2つのリスクについて解説します。
法律違反に問われるリスク
口頭でも雇用契約は締結できますが、労働条件通知書を用いて労働者に労働条件を明示することは不可欠です。労働条件通知書を交付しないと、労働基準法違反とみなされ、罰金30万円を科されるおそれがあります。
また、口頭で締結した契約内容をどちらかが破った場合に、契約違反として損害賠償請求のような法的トラブルに発展してしまうリスクもあるでしょう。トラブルに発展した際、締結した契約内容が書面で記録されていなければ、お互いに証拠の提示ができません。
信頼性が損なわれるリスク
労働条件が明示された書面やデータが残っていないと、労働者から「そんなことは聞いていない」と言われてしまう恐れもあります。
労働基準法では、企業が明示した労働条件と実際の内容が異なる場合、労働者は即時に契約を解除できると定められています。
(労働条件の明示)
引用:『労働基準法 第15条』e-Gov法令検索
第十五条
② 前項の規定によつて明示された労働条件が事実と相違する場合においては、労働者は、即時に労働契約を解除することができる。
仮に雇用主が契約時に口頭で労働条件を説明していたとしても、労働者側から「知らない」と主張されてしまうと、最悪の場合、契約を解除される事態になってしまうでしょう。
雇用契約書を取り交わしておけば、労使間の合意があったことを証明できます。人材の流出を防ぐためにも、労働条件通知書の作成・交付にあわせて、雇用契約書の締結も検討しましょう。
企業が雇用契約の口約束を破った場合どうなる?
労働者に口約束で伝えた労働条件を守れないと、労使間で法的トラブルに発展するリスクがあり、雇用契約書を取り交わしている場合と同様に処罰の対象です。
提示していた賃金よりも実際に支払った額が少なかったり、労働時間が長かったりするなど、企業が勝手に、労働者に不利な労働条件へ変更すると、裁判で悪質性が問われる恐れもあるでしょう。
口頭での雇用契約に関連する疑問
口頭での雇用契約について、よくある質問をご紹介します。
- 口頭での契約変更・解除は認められる?
- 口頭での退職・解雇は認められる?
- 口頭での業務委託契約は認められる?
口頭での契約変更・解除は認められる?
原則として口頭での契約は、民法における要件を満たす場合にのみ解除することが可能です。口約束による契約の解除には、以下の3つの方法があります。
種類 | 内容 |
---|---|
法定解除 | 当事者の一方が契約を守らない場合に、契約の解除が認められる |
約定解除 | 契約で定めていた解除事由が発生したときに、契約が無効となる |
合意解除 | 労使間の合意のもと、契約を解除する |
また、労使間で合意できれば、口頭での契約変更も可能です。ただし、労働条件を変更するためには、労働条件通知書に変更する可能性がある旨を記載しておかなければなりません。
さらに、契約内容を変更したときは、労働条件通知書を新たに作成・交付するのが望ましいとされています。
口頭での退職・解雇は認められる?
退職の意思表示方法に法的な定めはありません。法律上、口頭であっても従業員が退職を申し出たら企業側は拒否できず、申し出の14日後に退職することが認められます。
ただし、企業の就業規則において退職届の提出や退職の意思表示の時期に関するルールを設けている場合は、就業規則に従うべきと考えられています。
従業員へ解雇の意思を伝える手段についても同様に、法的な定めはありません。そのため、口頭で解雇予告をすることに法律上の問題はなく、労働者の同意がなくとも企業側が伝えた時点でその効力が発生します。
ただし、解雇予告を口頭で行うと証拠が残らないため、従業員から「知らない」「聞いていない」と主張されるリスクもあるでしょう。
そのときは、解雇予告の効力がなくなってしまい、即日解雇とみなされるおそれがあります。即日解雇は解雇予告手続き違反として罰則対象であるため、注意が必要です。
また、労働基準法第22条では、企業が解雇する労働者から退職事由に関する証明書を請求された場合は、解雇の理由を明示するように義務づけています。
(退職時等の証明)
引用:『労働働基準法 第22条』e-Gov法令検索
第二十二条 労働者が、退職の場合において、使用期間、業務の種類、その事業における地位、賃金又は退職の事由(退職の事由が解雇の場合にあつては、その理由を含む。)について証明書を請求した場合においては、使用者は、遅滞なくこれを交付しなければならない。
口頭で雇用契約を交わしている労働者であっても、解雇する際は解雇理由を書面にまとめて交付することをおすすめします。
口頭での業務委託契約は認められる?
口頭のみでも業務委託契約は成立します。
業務委託契約とは、自社で対応できない業務を他社やフリーランスなどの個人に委託する契約です。業務を依頼する委託側と引き受ける受託側で、労働契約は交わさずに、対等な立場で契約が締結されます。
業務委託契約も雇用契約と同様に、民法上、書面によることを必要としない契約です。ただし、受託先とのトラブルを回避するためにも、契約書を締結して契約条件を明示することをおすすめします。
雇用契約には口頭だけでなく書面を作成しましょう
雇用契約は口頭でも有効です。
ただし、労使間のトラブルを回避するためにも、書面を用いた契約締結が推奨されています。労働者に対して労働条件を明示し、労働者の合意を得たという証拠を残すためにも、雇用形態に関係なく雇用契約書を取り交わしましょう。
また、雇用契約書は労働条件通知書と兼用できます。少ない書類で手続きを済ませたい場合は、労働条件通知書兼雇用契約書を作成することをおすすめします。
雇用契約書は、電子化することもできます。電子契約を導入すると、締結にかかる時間や収入印紙代・郵送費の削減などのメリットが期待できるでしょう。
雇用契約書を電子化するためには、サービスの導入を検討してみてはいかがでしょうか。
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