労災保険は役員・経営者も加入できる? 特別加入制度も解説

役員・経営者として「自分が仕事中にケガをしたらどうなる?」と不安に感じたことはありませんか。
労災保険は、原則として従業員のための保険制度です。本来であれば役員や経営者は加入できません。ただし、現場の労働者と同等の働き方が認められると、役員や経営者でも加入できるケースがあります。
本記事では、役員や代表取締役、個人事業主などに適用される労災保険について、制度の位置づけや例外となる考え方もわかりやすく解説します。「自分も加入すべきか?」と思われた方はもちろん、企業の人事担当者や役員担当者もぜひ参考にしてください。
目次

役員・経営者は労災保険の給付を受けられない?
役員や経営者は原則として労災保険の対象にはならず、給付を受けられません。
労災保険は、企業に雇用される立場にある「労働者」を保護する制度です。会社の使用者にあたる代表取締役や役員は、法律上「労働者」に該当しないためです。
労働者とは、会社に使用され、賃金を支払われる全労働者のことであり、正社員はもちろん、パートやアルバイトも含まれます。
ただし役員や経営者でも、現場で実際に作業を行っているなど、「労働者と同じような働き方をしている」と認められる場合には、労災保険に加入できます。
まずは「原則として役員は労災保険の加入対象外」という前提を理解しておきましょう。
▼役員に関する労務管理・勤怠管理について詳しく知るには以下の記事もご確認ください。
労災保険は役員・経営者も加入できる場合はある?メリットは?
ご紹介したとおり、役員や経営者は原則として労災保険の加入対象外です。しかし、すべての役員が一律に対象外というわけではありません。役員の「性質」によっては加入が認められるケースがあります。
労働者と同じような働き方をしている人
役員の労災加入を判断するポイントは「労働者性」という考え方です。以下のような観点から、労働者性があるかどうかが総合的に判断されます。
- 勤務時間や勤務場所で拘束されているか
- 業務内容や遂行方法に対して指揮命令を受けているか
- 仕事の依頼に対する諾否の自由があるか
- 専属性があるか
たとえ「役員」という肩書があっても、以下の条件にあてはまる役員は「労働者性がある」とみなされ、労災保険に入れます。
- 株主総会や取締役会で決定した事項を実施する行う権限である業務執行権がない
- 労働の対償となる賃金を受け取っている
- 事実上業務の指示を受けて労働している
中小企業の役員・経営者
中小事業主の役員や経営者であれば、労働者性にかかわらず、労災保険の特別加入制度の利用が可能です。特別加制度を利用すると、一般の労働者と同様に業務中や通勤中のケガ・病気に対する給付を受けられるようになります。特別加入制度は、万が一のリスクから自分自身や家族を守れるため大きなメリットといえるでしょう。

役員・経営者でも加入を認める労災保険|特別加入制度とは
労災保険の特別加入制度とは、労働者以外でも労災保険への加入を特別に認める制度です。
役員の場合、労働者性の有無だけでなく、加入条件を満たすと判断された場合、申請手続きにより労災保険に特別加入できます。
本記事では、とくに「中小企業の役員・経営者」が対象になるケースを中心に、要件や手続き方法の概要を紹介します。
中小企業主の特別加入の概要
労災保険の特別加入の対象は、次の4種類です。
- 中小事業主
- 一人親方
- 特定作業従事者
- 海外派遣者
4種類のなかで役員は「中小事業主」に該当する場合があります。
▼役員以外の特別加入制度について、より詳しく知るには、以下の記事をご確認ください。
中小事業主は役員本人だけでなく、家族従事者など労働者以外で業務に従事しているすべての人を労災保険に特別加入させなければなりません。
中小事業主の労災保険の特別加入は、業種によって対象となる企業規模が、次のように異なります。
業種 | 常時雇用の労働者数 |
---|---|
金融業・保険業・不動産業・小売業 | 50人以下 |
卸売業・サービス業 | 100人以下 |
そのほかの業種 | 300人以下 |
※常時雇用とは年間100日以上従事している労働者
具体的な対象者は以下のとおりです。
- 事業主(法人そのほかの団体である場合は代表者)
- 労働者以外の事業従事者(家族従事者や代表者以外の役員など)
中小企業主の特別加入要件
中小事業主が労災保険に特別加入するための要件は、次の2つです。
- 雇用する労働者について保険関係が成立している
- 労働保険の事務処理を労働保険事務組合に委託している
要件を満たしている事業所は、所轄の都道府県労働局長の承認を受ける必要があります。
中小企業主の特別加入の提出書類・提出先
中小企業の役員が労災保険に特別加入する際は、以下の流れで手続きを進めます。
1. 加入の要件を満たしているかを確認する
2. 特別加入申請書を提出する
まずは、特別加入するための要件を満たしているかを確認し、問題がなければ必要書類を作成します。特別加入申請書の提出方法は、以下のとおりです。
提出書類 | 特別加入申請書(中小事業主など) |
提出先 | 所轄の労働基準監督署長を経由し、所轄の都道府県労働局長 |
労災保険の特別加入申請書は、最終的に労働局長の承認を得る必要がありますが、直接提出せず、労働保険事務組合を通じて提出しなければなりません。
特別加入申請書には、以下の内容を記載します。
- 特別加入の希望者
- 具体的な業務内容
- 業務歴
- 希望する給付基礎日額
特別加入申請書には、労災保険の特別加入希望者や人数をはじめ、業務の具体的な内容のほか、業務歴や希望する給付基礎日額などを詳しく記入します。
参照:『特別加入制度のしおり(中小事業主等用)』厚生労働省
参照:『給付基礎日額とは』厚生労働省 愛媛労働局
労災保険の特別加入でも役員・経営者の給付内容は限定的
労災保険に特別加入しても、「いざというときにどんな補償があるのか」「本来の労災保険と何が異なるのか」と気になる方もいるでしょう。
特別加入を通じて労災保険に加入した場合、役員・経営者であっても一般の労働者と同様に給付を受けられますが、補償範囲が限定的で、保険料の負担も必要になります。
そのため、補償範囲と保険料について正しく理解しておくことが大切です。
補償の範囲
労災保険の特別加入制度で補償される災害の種類は、以下の3つが対象です。
災害の種類 | 概要 |
---|---|
業務災害 | 就業中のケガや病気に対する補償(以下の7分類に該当) |
複数業務要因災害 | 複数の業務を掛け持ちすることで発生した傷病への補償(労働者と同等) |
通勤災害 | 通勤中のケガや死亡事故などの補償(労働者と同等) |
▼労災保険の給付種類、対象災害について詳しく知るには以下の記事もご確認ください。
業務災害の要件は、次の7つに分類されます。
- 所定労働時間(休憩時間を含む)内に就業する場合
- 時間外労働や休日労働で就業する場合
- 1や2の前後で行われる業務(準備や後始末など)を役員・経営者のみで行う場合
- 1・2・3の就業時間内において事業者施設を利用中・行動中の場合
- 業務運営に必要な業務のために出張する場合
- 通勤で使用する交通機関での事故、台風や火災などによる想定外の突発事故に遭った場合
- 事業の運営に必要な運動競技会やその他の行事について、労働者と一緒に参加する場合
一方で通勤災害と複数業務要因災害は、一般の労働者と同じような補償範囲です。
補償の金額
特別加入の保険料は、給付基礎日額という金額をもとに、次の計算式で算出されます。
1年間の保険料=給付基礎日額× 365(日)×保険料率 |
給付基礎日額は、労働基準法でいう平均賃金に相当するもので、休業補償や障害補償の給付額を決める基準です。加入申請の内容に基づき、労働局長によって最終的に決められます。
高いものを選択すれば手厚い補償が受けられますが、そのぶん保険料も高くなるため、負担にならない範囲で慎重に選びましょう。
給付基礎日額は労働局長への申請により毎年変更できますが、災害が発生する前に申請しておくことが大前提です。災害後の変更は認められません。万が一の災害発生に備え、早めに見直して手続きできるようにしておきましょう。
役員・経営者の労災保険特別加入に関する注意点
特別加入制度を利用すれば、役員や経営者でも労災保険の補償を受けられますが、申請の前に確認しておくべき注意点があります。ポイントは以下の5つです。
- 加入要件を満たしているかを確認する
- 特別加入申請書にすべての対象者を記載する
- 労働保険事務組合を通じて手続きをする
- すべての災害に対して補償されるわけではない
- コストが補償内容に見合わない恐れもある
業務中にケガをしたり病気を発病したりするリスクは、役員も労働者も同じでしょう。
労災保険の特別加入で安心は得られますが、利用したからといって、すべての災害に対して補償されるわけではありません。
保険料のほか、事務組合への入会金や年会費もかかるため、コストと実際の補償内容が見合うかの見極めも必要です。
不安やわからないことがある場合は、労働保険事務組合や最寄りの労働基準監督署、「労災保険相談ダイヤル」などの公的な窓口に相談しましょう。
まとめ
労災保険は、本来は従業員(労働者)のための制度であり、役員・経営者には適用されません。ただし、役員・経営者であっても、労働者性があると判断されると、労災保険の対象となります。
労働者性がなくても、保険関係が成立し、労働保険事務を事務組合に委託していれば、中小事業主や一人親方も特別加入できます。
特別加入を検討する際は、まずは以下のポイントを確認することが必要です。
- 対象になるか(労働者性/中小事業主に該当するか)
- 給付基礎日額はどれくらいが妥当か
- コストと補償のバランスは取れているか
制度の理解を深め、万が一の備えとして加入することも検討してみましょう。
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