役員や取締役は雇用保険に加入できる? 労働者性の要件や手続きを解説
雇用保険は、一定の要件を満たす労働者が失業時や育児・介護休業中などに給付を受けられる保険制度です。基本的には、企業の役員や取締役は経営する側であるため、雇用保険の被保険者にはなりません。ただし、役員であっても例外的に雇用保険に加入できるケースがあります。
本記事では、雇用保険に役員が加入できるケースを中心に、要件や手続きについて解説します。企業の経営層や役員、人事労務担当者は参考にしてください。
役員は雇用保険に加入できる?
企業の役員や取締役などに就任している人は、原則として雇用保険の対象から外れます。雇用保険はあくまでも、事業主に雇われている労働者の就労促進や雇用の安定を目指す制度です。
ただし、役員でありながら部長などの役職を兼務していて、労働者性が認められる場合は雇用保険に加入できる場合もあります。役員が雇用保険の被保険者とみなされるには「労働者性」が判断の基準になるのです。
雇用保険とは
雇用保険とは、労働者への給付支援や能力開発、雇用維持を目的とした保険制度です。労働者が失業や休業した場合でも、失業手当や育児休業給付などにより、生活の安定をはかる役割があります。
雇用保険の加入要件を満たす労働者は、雇用される企業を通して加入しなければなりません。
雇用保険の基本的な加入要件は、以下の2つです。
- 所定労働時間が1週間に20時間以上
- 雇用見込みが31日以上
雇用保険では、上記以外にも「学生でない」という要件や、区分によって細かい要件が設定されています。雇用保険の加入手続きを担当する方は、区分を確認しておきましょう。
雇用保険の種類
雇用保険の被保険者は以下の4種類に区分されています。
- 一般被保険者
- 短期雇用特例被保険者
- 高年齢被保険者
- 日雇労働被保険者
それぞれの区分に適用されている細かい条件は以下の通りです。
要件など | 注意事項 | |
---|---|---|
一般被保険者 | ・所定労働時間が1週間に20時間以上 ・雇用見込みが31日以上 | ・左記のように労働するため、昼間学生でないことも要件 |
短期雇用特例 被保険者 | ・季節的に雇用されている ・4か月以上1年未満の雇用契約を結んでいる ・所定労働時間が30時間以上 | ・主に季節限定で雇用される労働者が該当 ・同一事業主に1年以上継続して雇用される場合は、一般被保険者または高年齢被保険者に変わる |
高年齢被保険者 | ・65歳以上 ・所定労働時間が1週間に20時間以上 ・雇用見込みが31日以上 | ・一般被保険者が65歳以上になった場合は、自動的に高年齢被保険者に切り替わる ・雇用保険マルチジョブホルダー制度により、複数の事業所の労働時間を合計して要件を満たせば「マルチ高年齢被保険者」を適用可能 |
日雇労働 被保険者 | ・適用区域内に住み、適用事業に雇用される者 ・適用区域外に住み、適用区域内の適用事業に雇用される者 ・上記以外の者でハローワーク(公共職業安定所長)の認可を受けた者 | 以下の場合は一般被保険者または短期雇用特例被保険者となる ・連続する2か月の各月で18日以上同一事業主の適用事業に雇用された場合 ・同一事業主の適用事業に継続して31日以上雇用された場合 |
雇用保険の適用除外
雇用保険の適用が除外される要件で、代表的なものを以下で紹介します。
- 法人の代表者や業務執行権を持つ取締役やその他取締役などの役員
- 1週間の所定労働時間が20時間未満の者
- 同一事業主に継続して31日以上雇用される見込みがない者
- 季節的に雇用される労働者で、4か月以内の期間で雇用契約を締結した場合や、1週間の所定労働時間が30時間未満の者
- 家事使用人や昼間学生
- 臨時内職的に雇用される者
- 政令で定める漁船の船員
- 国や都道府県、市町村などの事業に雇用される一部の者
- 個人事業の事業主と同居している親族 など
参照:『雇用保険事務手続きの手引き』厚生労働省(令和5年8月版)
雇用保険とは、雇用される労働者のための保険制度であるため、企業の経営側である役員や取締役は加入できません。
ただし企業の役員であっても、一般的な労働者と同様の「労働者性」が認められるような就業実態が確認できるなら、雇用保険の加入対象者と扱われます。
雇用保険は使用人兼務役員なら加入できる場合がある
企業の役員の中でも、労働者性が強く雇用関係にあるような役員を「使用人兼務役員」といいます。使用人兼務役員は雇用保険に加入できる場合があります。たとえば、取締役兼工場長や取締役兼部長などが該当します。
労働者性とは
労働基準法では、労働者について以下の通り定義しています。
職業の種類を問わず、事業または事務所に使用される者で、賃金を支払われる者
『労働基準法 第9条』e-Gov法令検索
会社役員は、会社との委任契約関係にあり、一般の労働者のように会社から指揮命令を受けて業務を遂行しいません。そのため、一般的な役員であれば労働者性は認められません。
労働者性が認められる要件
役員は、労働者性が認められると例外的に雇用保険に加入できます。「労働者性」は具体的にどのような要件で認められるのでしょうか。
労働者性は以下のような項目を基準として判断されます。
- 役員報酬と比較して賃金の方が高い
- 就業規則の適用を受けている
- 業務執行権や代表権を持たない
- 業務遂行の拘束性がある
それぞれ具体的に解説します。
役員報酬と比較して賃金の方が高い
対象の役員・取締役の役員報酬と労働者として受け取っている賃金額を比較したときに、賃金額の方が役員報酬を上回る場合は、労働者の性質が強いと判断されます。
就業規則の適用を受けている
役員であっても、一般的な従業員と同様に、就業規則が適用されているかどうかも重要です。具体的には、勤怠管理や人事評価の対象である点が判断のポイントになります。
業務執行権や代表権を持たない
業務執行権や代表権を持っている役員は、企業から指揮命令を受けている関係性ではないため、労働者には該当しません。
ただし、企業の部長や支店長などの役職者の中には、特定の範囲における「代理権」を持っている人もいます。代理権があっても、代表権を持っているとはいえないため、役職者が労働者ではないと一概に判断することはできません。
業務遂行の拘束性がある
役員は、会社と委任関係にあるため、仕事の遂行について裁量権を持っています。一方で、使用人兼務役員は、業務遂行にあたって勤怠管理や勤務場所など会社のルールに従う必要があります。
つまり、労働者として拘束されているか否かが労働者性を判断する基準の一つです。
雇用保険に入らない役員の具体的な役職
雇用保険に加入できない役員の具体的な役職は、以下の通りです。
- 代表権のある役職(代表取締役や代表理事など)
- 各種地位のある役員(副社長や専務、CEO、CFOなど)
- 業務執行権のある役員(各階者の業務執行社員など)
- 委員会設置会社の取締役や会計監査役
上記の役職に就いている役員は、代表権や職制上の地位を有するため、雇用保険の被保険者にはなれません。
使用人兼務役員の雇用保険加入手続き
使用人兼務役員が雇用保険に加入できるか否かは、最終的にハローワークが判断をします。「兼務役員雇用実態証明書」と必要書類をハローワークに提出し、判断を仰ぎましょう。
使用人兼務務役員が雇用保険加入のために必要な書類は以下の通りです。
- 兼務役員雇用実態証明書
- 登記事項証明書
- 株主総会または取締役会議事録
- 労働者名簿
- 雇用契約書
- 出勤簿
- 賃金台帳
- 雇用保険関係の書類
雇用保険関係の書類について、未取得なら「雇用保険資格取得届」を、取得済なら「雇用保険被保険者証」「雇用保険被保険者資格取得確認通知書」などを提出します。
必要に応じて、関係書類(総勘定元帳や法人税申告書など)の提示を求められる場合もあります。
参照:『兼務役員雇用実態証明書提出時の確認資料について』厚生労働省
兼務役員雇用実態証明書の書き方
兼務役員雇用実態証明書の書き方について、項目とその内容を紹介します。
- 兼務役員に関する情報欄
- 服務態様に関する欄
- 給与などに関する欄
- その他に関する欄
兼務役員に関する情報欄
内容 | |
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氏名 | 兼務役員の氏名を記入 |
性別 | 兼務役員の性別を記入 |
生年月日(年齢) | 兼務役員の生年月日と年齢を記入 |
被保険者番号 | 兼務役員の雇用保険番号を記入(雇用保険被保険者証で確認可) |
適用事業所番号 | 雇用保険適用事業所番号を記入(適用事業所台帳で確認可) |
事業所名 | 会社名を記入 |
服務態様に関する欄
内容 | |
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就業規則の適用状況 | 「1.全部適用」「2.適用無し」「3.一部適用」のいずれかを選択 |
出勤義務 | ・「1.常勤」「2.非常勤」のどちらかを選択 ・勤務時間と所定労働時間を記入 |
代表権 | 代表権の有無を記入 |
業務執行権 | 業務執行権の有無を記入 |
役員名称 | 取締役や監査役など、役員としての役割を記入 |
就任年月日 | 役員に就任した年月日を記入 |
役員としての業務 | 役員の具体的な仕事内容を記入 |
前職名称 | 役員就任前の職名を記入 |
現職名称 | 現在の職名を記入 |
雇用年月日 | 現職に就いた年月日 |
従業員の労務内容 及び指揮命令権者 | ・従業員としての具体的な仕事内容を記入 ・指揮命令権を持っている者の役職を記入 |
給与などに関する欄
内容 | |
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役員報酬 | 報酬種類に丸で囲み、役員報酬額を記入 |
役員報酬以外の報酬 | 役員報酬額以外の報酬の有無を記入 |
決算の際、役員報酬として | 役員報酬として計上するかしないかを記入 |
従業員賃金 | 賃金種類に丸で囲み、従業員としての賃金額を記入 |
上記以外の賃金 | 賞与などの賃金有無を記入 |
研鑽の際、賃金・給料として | 賃金として計上するかしないかを記入 |
その他に関する欄
内容 | |
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加入済の社会保険 | 加入している社会保険を丸で囲む |
諸帳簿等への登録整備状況 | 従業員情報を登録している帳簿に丸で囲む |
住所 | 会社の住所を記入 |
氏名 | 会社の代表者を記入 |
電話番号 | 会社の電話番号を記入 |
参照:『「兼務役員雇用実態証明書」提出時必要書類』厚生労働省
まとめ
企業の役員は、原則として雇用保険には加入できません。ただし、使用人兼務役員など労働者性が認められる役員は、例外的に雇用保険に加入できます。
役員の労働者性が認められるための要件をおさらいすると、以下の4点です。
- 役員報酬と比較して賃金の方が高い
- 就業規則の適用を受けている
- 業務執行権や代表権を持たない
- 業務遂行の拘束性がある
上記の要件を満たす場合は、兼務役員雇用実態証明書と必要書類を提出し、雇用保険加入の手続きを行いましょう。