労働保険の仕組みとは|労災・雇用保険との違いや必要な手続きについて制度の概要を解説
労働保険とは、労災保険と雇用保険の総称であり、労働者を1人でも雇用していれば原則として、どちらも加入手続きが必要です。手続きを進めるためには、労働保険制度の仕組みを理解しておくことが重要です。
本記事では、労働保険の概要と必要な手続きについてわかりやすく解説します。
労働保険は雇用保険と労災保険の総称
労働保険とは、労災保険(労働者災害補償保険)と雇用保険の総称です。それぞれ各保険制度ごとに給付は別々ですが、保険料の徴収などの事務手続きは、基本的に労働保険としてまとめて取り扱います。
労働保険の目的
労働保険は、労働者の保護と雇用の安定をはかることを目的とした社会保険制度です。
労働者は予期せぬ事態に遭遇しても、適切な保護や支援を行い、安心して働き続けられる環境が整えられています。
予期せぬ事態 |
---|
・労働者が業務上の事故や通勤中の事故で負傷した場合 ・失業した場合 ・育児や介護のために休業した場合 |
労働保険における労働者の定義
労働保険の特徴の一つに、雇用形態や事業規模を問わず適用されることが挙げられます。
正社員だけでなく、パートやアルバイトも含まれます。労働者を1人でも雇用している事業主は、法人でも個人事業主でも労働保険の加入手続きをする義務があります。
労働保険に加入しないとどうなる?
労働保険への加入は、労働者を1人でも雇用する事業主の法的な義務です。義務を怠って労働保険に加入しないと、まず労働基準監督署から警告や指導を受けます。
悪質と判断されると、過去にさかのぼって保険料が追徴金として徴収されたり、強制的に加入手続きが実施されたりする可能性があります。
未加入の事業主は、すみやかに自社が対象に該当するか確認し、必要な手続きを進めなくてはなりません。
また現在従業員がいなくても、将来の雇用に備えて加入条件を理解しておくことは重要です。国が未加入事業者の削減を政策として推進していることを考慮すると、迅速かつ適切な対応が不可欠です。
労働保険と労災保険・雇用保険の違い【比較表】
労働保険と労災保険・雇用保険の違いは、労働保険の中に労災保険・雇用保険が含まれていることです。
また、労災保険と雇用保険は、どちらも法による加入義務のある社会保険制度であり、労働者の生活を守るために設けられています。しかし、それぞれの役割や対象者、保険料の負担などには違いがあります。
労働保険と労災保険・雇用保険の違いを比較表で整理すると以下の通りです。
項目 | 労災保険 | 雇用保険 |
---|---|---|
役割 | 労働中の災害や病気から労働者を保護 | 失業時の生活を支援、再就職を促進 |
対象者 | 事業主加入によってそこで働く労働者全般 | 労働者全般(一定条件あり) |
保険料の負担 | 事業主のみ | 事業主と労働者 |
給付内容 | 治療費や休業補償、障害年金など | 失業手当や育児休業給付、再就職手当など |
管轄 | 厚生労働省(労働基準監督署) | 厚生労働省(公共職業安定所) |
労災保険と雇用保険はどちらも法定の加入義務があり、事業主は各保険に加入する必要があります。また、いずれも労働者を対象とし、労働者の生活を支援するための給付を行うことが共通しています。
主な違いは、労災保険は労働中の事故や病気に対する補償が中心で、全額を事業主が負担しますが、雇用保険は失業時の生活を支援するための制度で、事業主と労働者が保険料を負担する点です。それぞれの保険が異なるニーズに応じた支援を提供しています。
労働保険以外の社会保険
労働保険以外の社会保険には、主に以下の3つがあります。
- 健康保険
- 厚生年金保険
- 介護保険
労働保険(労災保険と雇用保険)が労働に関するリスクに特化して取り扱っているのに対し、3つの保険はより広範囲のリスクに対応した保障制度です。
労災保険の概要
労災保険は、正式には「労働者災害補償保険」と呼ばれ、仕事中や通勤時の事故や病気から労働者を守る制度です。労災保険は、業務に関連するケガや病気、通勤中の事故で被害を受けた場合に適用されます。
労働者が被害を受けた際、労災保険を通じて医療費や休業中の賃金が補償されます。
対象者(加入条件)
労災保険は、ほとんどすべての事業所に適用されます。対象者も正社員やパート・アルバイトなどすべての労働者です。
従業員の雇用形態や勤務時間に関係なく、1人でも労働者を雇用していれば、事業主には加入義務があります。
適用除外
労災保険は、国家公務員や地方公務員(現業の非常勤職員を除く)、船員が適用除外です。
また、個人経営の農林水産業で常時5人未満の労働者(林業は常時労働者を使用せず、年間延人数300人未満)を雇用する事業所は「暫定任意適用事業所」とされ、加入は任意となります。ただし、農業については事業主が特別加入している場合は、強制加入です。
特別加入制度について
労災保険は通常、労働者のみを対象としています。しかし、業務の実態や災害の発生状況などから労災保険によって保護するにふさわしい人に向けた「特別加入制度」があります。
労災保険の特別加入制度により、一定規模以下の企業の事業主も労災保険に加入できます。
対象となるのは、業種ごとに定められた従業員数の条件を満たす企業です。たとえば、製造業では従業員300人以下、小売業では従業員50人以下などの基準があります。従業員数には、年間100日以上働く季節労働者も含まれます。
給付の種類
労災給付には、以下の9種類があります。
- 療養(補償)等給付
- 休業(補償)等給付
- 傷病(補償)等年金
- 障害(補償)等給付
- 遺族(補償)等給付
- 葬祭料等(葬祭給付)
- 介護(補償)等給付
- 二次健康診断等給付
- 社会復帰促進等事業
保険料の算出方法(保険料率)
労災保険の保険料の計算方法は比較的単純で、従業員の年間給与総額に、事業に定められた保険料率を掛けて算出します。
保険料率は国が決定し、過去3年間の災害発生状況や保険給付実績に基づいて設定されます。
たとえば、危険度の高い建設現場では高い保険料率が適用され、オフィスワークが中心の業種では低い保険料率となります。
具体的な保険料率は厚生労働省が公表しています。
参照:『令和6年度の労災保険料率について(令和6年度から変更されます)』 厚生労働省
雇用保険の概要
雇用保険は、失業時や特定の生活状況下での労働者の生活安定をはかることが目的の保険です。具体的には、失業時の所得保障だけでなく、育児や介護のための休業期間中の経済的サポートも提供しています。
さらに、再就職に向けた支援も行っており、労働市場への円滑な復帰を促進しています。
一方で事業主に対しても、雇用保険は重要な役割を果たしているのが特徴です。政府は各種助成金や支援金を用意しており、雇用の維持や創出を奨励しています。
対象者(加入条件)
雇用保険は、一定の条件を満たす企業の従業員を対象としています。
具体的には、31日以上の継続雇用が見込まれ、週当たり20時間以上働く労働者が加入対象です。基準は、有期雇用契約だけでなく、無期雇用や更新可能な契約にも適用されます。
また雇用期間が31日未満でも、契約更新によって継続雇用の可能性がある場合は対象となる点に注意が必要です。
給付の種類
雇用保険制度は、労働者の多様なニーズに対応するため、以下の4種類の給付を提供しています。
求職者給付 | 失業した労働者の生活を支援し、新たな職を探す期間の経済的安定をはかります。 |
就職促進給付 | 再就職を目指す人を経済的にあと押しし、円滑な労働市場への復帰を促進します。 |
雇用継続給付 | 現在の雇用を維持するための支援を行い、労働者の職場定着を助けます。 |
教育訓練給付 | 労働者のスキルアップや職業能力の向上を支援し、キャリア発展や転職に役立てます。 |
給付は、労働者のさまざまな状況に応じて設計されており、雇用の安定と個人の職業生活の充実を総合的にサポートすることを目的としています。
保険料の算出方法(保険料率)
雇用保険の保険料は、労働者と事業主が共同で負担する仕組みになっています。事業主は労働者の給与から毎月一定額を徴収し、自社の負担分と合わせて納付します。
保険料の計算基準となる保険料率は、業種ごとに設定されており、社会経済状況に応じて定期的に見直しが行われます。
2024年度(令和6年度)の保険料率は、前年度から変更がなく、労働者負担分は一般の事業で失業等給付等の保険料率が労使それぞれ6/1,000です。
ただし、農林水産業や清酒製造業、建設業では7/1,000と若干高めに設定されています。なお、雇用保険二事業分は事業主のみが負担します。
雇用保険料は、労働者に支払った年間の賃金総額に、該当する保険料率を乗じて計算する方法をとっており、各事業所の規模や賃金水準に応じた公平な保険料負担が実現されています。
労働保険の加入に必要な書類と期限
労働保険の加入手続きは、労災保険と雇用保険それぞれで対応が必要です。各保険の加入手続きにおいて必要な書類と期限を紹介します。
労災保険の加入手続き
労災保険の加入手続きに必要な書類・期限・提出先は以下の通りです。
書類名 | 期限 | 提出先 |
---|---|---|
労働保険関係成立届 | 保険関係が成立した日の次の日から10日以内 | 所轄の労働基準監督署 |
労働保険概算保険料申告書 | 保険関係が成立した日の次の日から50日以内 | |
登記事項証明書(原本)1通(法人の場合)事業主の住民票(原本) 1通(個人事業主の場合) | 保険関係が成立した日の次の日から10日以内 |
保険関係が成立した翌日から数えて、一般的な書類は10日間のうちに提出する必要があります。
一方、労働保険概算保険料申告書に関しては、より長い期間が設けられており、50日以内の提出が求められています。
ただし、実務上は効率性を考慮し、すべての必要書類を10日以内にまとめて提出するのが通例となっています。
必要な様式は厚生労働省のWebサイトで公開されている「労働保険関係各種様式」のページから入手が可能です。
参考:『主要様式ダウンロードコーナー(労働保険適用・徴収関係主要様式)』厚生労働省
雇用保険の加入手続き
雇用保険の加入手続きに必要な書類・期限・提出先は以下の通りです。
書類名 | 期限 | 提出先 |
---|---|---|
雇用保険適用事業所設置届 | 労働者を雇用した日の翌日より10日以内 | 所轄の公共職業安定所(ハローワーク) |
雇用保険被保険者資格取得届 | ||
労働保険保険関係設立届(控) | ||
労働保険概算保険料申告書(控) | ||
履歴事項全部証明書(原本1通)(法人の場合)事業主の住民票(原本1通)(個人事業主の場合) | ||
「賃貸借契約書」の写しなど(謄本の住所と実際の勤務地が異なる場合) | ||
労働者名簿 |
公共職業安定所(ハローワーク)に雇用保険適用事業所設置届を提出することで、各事業所に固有の番号が割り当てられます。
次に、従業員ごとに雇用保険被保険者資格取得届を作成・提出します。資格取得届は、人員を新たに雇用するたびに提出しなければなりません。
いずれも書類は従業員を雇い入れてから10以内が提出期限です。受理後、ハローワークから雇用保険被保険者証が発行されます。事業主は証明書を確実に従業員本人に渡す必要があります。
必要な書類のフォーマットはハローワークのWebサイトからダウンロードし、印刷することができます。適切な様式を使用して、正確に記入することが大切です。
会社設立後、初めての労働保険手続きの方法
事業主が会社を設立し、初めて従業員を雇用したら、ここまで紹介してきた労働保険(労災保険・雇用保険)の加入手続きが必要になります。
必要な書類と期限
主な必要書類と期限は、以下の通りです。
保険関係成立届 | 保険関係成立後の翌日から10日以内 |
概算保険料申告書 | 保険関係成立後の翌日から50日以内 |
雇用保険適用事業所設置届 | 事業所設置日の翌日から10日以内 |
雇用保険被保険者資格取得届 | 資格取得日の翌月10日まで |
提出先と流れ
- 「保険関係成立届」を所轄の労働基準監督署へ提出する
- 「概算保険料申告書」を提出する
- 労働基準監督署から「保険関係成立届」の控え・労働保険番号が発行される
- 「保険関係成立届」のコピーと「雇用保険適用事業所設置届」「雇用保険被保険者資格取得届」を所轄のハローワーク(公共職業安定所)に提出する
「概算保険料申告書」は「保険関係成立届」と一緒に、所轄の労働基準監督署へ提出するのが一般的かつ効率的といえます。
労働保険番号は、将来的に労災事故が起きた際の保険給付請求に必要となるので、大切に保管しておきましょう。
なお、建設業などの二元適用事業は、労災保険と雇用保険を区別して扱うため、方法が少し異なります。詳しくは厚生労働省のWebサイトにてご確認いただけます。
労働保険料を納める方法
労働保険料は年度更新という手続きで、年に一度概算保険料を納める方法が採用されています。年度更新の仕組みや納付方法について解説します。
年度更新とは
年度更新とは、前年度の労働保険料の精算と新年度の見込み額の申告を同時に行う手続きです。
毎年6月1日から7月10日までの期間に行われ、前年度の実際の賃金総額に基づいて保険料の過不足を精算し、新年度の見込み額を申告します。
また、年度更新は電子申請でも可能です。政府の『e-Gov』ほか、一般の労務管理システムを通して申請ができます。
保険料の負担割合
労働保険料は、労災保険料と雇用保険料で構成されています。
労災保険料は、賃金総額に労災保険料率を乗じて計算され、全額事業主負担です。労災保険料率は、事業の種類により2.5/1000から89/1000の間で設定されています。
一方で雇用保険料は賃金総額に雇用保険料率を乗じて算出され、事業主と被保険者で負担を分担します。被保険者負担分は賃金から控除されます。
なお、賃金総額には賞与や通勤手当等も含まれます。以上の保険料は年度更新時にまとめて申告・納付されます。
納付方法
労災保険料と雇用保険料は、原則として一括で納付します。期間は毎年6月1日から7月10日で、期間内に所轄の労働局または労働基準監督署に申告します。
納付は、金融機関窓口やインターネットバンキングを通じて行うことができます。
また、保険料の申告書を直接金融機関に持参して納付する方法もあります。直接納付の場合、労働局や労働基準監督署への別途の申告は不要です。
労働保険事務組合制度とは
労働保険事務組合制度は、中小企業の事業主が労働保険関連の事務処理を専門の団体に委託できる仕組みです。
厚生労働大臣の認可を受けた中小事業主の団体や商工会議所などが、事業主に代わって労働保険の事務を処理します。
労働保険事務組合制度のメリット
労働保険事務組合制度の主なメリットは、事業主の事務負担が大幅に軽減されることです。
煩雑な保険料の申告・納付手続きを代行してもらえるため、労働基準監督署やハローワークへの直接訪問も不要になります。
また、保険料額に関係なく保険料を3回に分けて納付できる点や、通常は加入できない事業主や家族従事者も労災保険に特別加入できます。
労働保険事務組合制度のデメリット
一方で事務組合への手数料が発生することや、事業所の労働者情報を外部に提供することになるといったデメリットもあります。
また、常時使用する労働者数に応じて、委託できる事業主に制限があるため、すべての事業主が利用できるわけではありません。
委託範囲
委託できる事務の範囲は保険料の申告・納付、各種届出の提出、特別加入の申請などです。
しかし、印紙保険料や保険給付に関する請求事務は含まれない点に注意が必要です。
労働者名簿や賃金台帳などの基本的な帳簿類は、事業所が引き続き、みずから管理する必要があります。
参考:『労働保険適用促進パンフレット(平成29年度版)』(一社)全国労働保険事務組合連合会広島支部・労働保険事務組合
まとめ
労働保険は労災保険と雇用保険を包括する制度で、従業員を雇用するすべての事業主に加入が義務づけられています。労災保険は業務上・通勤中の事故などから労働者を保護し、雇用保険は失業時の生活支援を提供します。
労働保険の加入手続きには定められた期限があり、必要書類を労働基準監督署やハローワークに提出する必要があります。
保険料は毎年の年度更新時に精算・申告し、納付を行います。中小企業向けには労働保険事務組合制度があり、事務処理を専門機関に委託することができます。
労働保険は労働者の保護と雇用の安定をはかる重要な社会保険制度です。理解を深め、適切に運用しましょう。
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