労災保険とは【わかりやすく】種類別の給付条件と補償内容を企業側に向けて解説

労災保険(労働者災害補償保険)とは、万一労働災害が発生した場合に、労働者に適切な補償を迅速に提供するための重要な制度です。
労働災害のリスクを最小限に抑え、労働者の安全を確保するために、労災保険の仕組みを理解することは重要です。
本記事では、企業の人事労務担当者や経営者向けに、労災保険の基本から、種類別の給付条件や補償内容について、わかりやすく解説します。
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目次

労災保険とは
労働者災害補償保険、通称「労災保険」は、労働者が業務中や通勤中に発生した事故や病気に対して必要な補償を行う公的な制度です。企業が従業員を雇用する際に必ず加入しなければならない強制保険です。
労災保険は、業務災害や通勤災害に対して、療養給付や休業給付、障害給付、遺族給付など多岐にわたる給付を行います。
労災保険は、万が一の事故に備えて企業の補償リスクを最小限に抑えるための仕組みです。加入により、もしものときも企業としての責任を果たすことができ、労務トラブルや法的リスクを未然に防ぐことにもつながります。
以下に、労災保険の基本的な内容について詳しく説明します。
加入条件
労災保険の加入条件は、労働者を使用する事業に対して適用されます。賃金を支払われるすべての労働者が対象となります。
アルバイトやパートタイマーなど、雇用形態にかかわらず適用されます。労働者を1人でも雇用している事業は、労働者災害補償保険法に基づき、労災保険への加入が義務です。
労働者でない者や特定の国家公務員災害補償法の適用を受ける事業は除外されます。
労災保険の特別加入制度により、労働者でない自営業者や事業主などでも一定の条件を満たすことで任意で加入することが可能です。
▼労災保険の対象者について詳しく知るには以下の記事もご確認ください。
雇用保険との違いは週20時間未満労働も対象であること
労災保険と雇用保険には、加入条件や適用対象に大きな違いがあります。
雇用保険は、労働者の失業や会社都合による雇用継続ができない場合に、給付支援や再就職支援をすることが目的です。1週間の所定労働時間が20時間以上であり、かつ31日以上働くの雇用見込みがあり、学生ではないことが加入条件です。
一方で労災保険は、業務中や通勤中に発生した事故や病気に対して補償する制度です。労働者を雇用する事業主は、1人でも労働者を雇用していれば、労災保険への加入が義務づけられています。雇用保険とは異なり、勤務時間にかかわらず、すべての労働者が対象で、アルバイトやパートタイマーも含まれます。
▼違いを詳しく知るには以下の記事もご確認ください。
労災保険が適用される条件・災害の種類
労災保険が適用される災害は、業務災害、複数業務要因災害、通勤災害に分類されます。
種類 | 例 | 判断のポイント | |
---|---|---|---|
業務災害 | 業務中のケガ・病気・死亡 | ・作業中に機械に巻き込まれた・書類整理中に棚が倒れてケガをした | ・業務遂行性 ・業務起因性 |
複数業務要因災害 | 複数の仕事による過労などが原因の病気 | ・2社で働いていて、両方の業務が影響してうつ病を発症した | ・複数の仕事が同等に原因となっていること ・脳疾患/心疾患/精神障害が対象 |
通勤災害 | 通勤中の事故・ケガ | ・自転車通勤中に交通事故にあった ・会社からの帰宅中の乗り換え駅で転倒して骨折した | ・合理的な通勤経路上で起きた事故か ・私的な寄り道がないか |
以下では、要件と具体例をさらに詳しく解説します。
業務災害
業務災害は、労働者が業務中の事由により傷病または死亡することを指します。業務遂行性と業務起因性の2つの要件を満たさなければなりません。
作業中に機械に巻き込まれる事故や過重労働によるうつ病の発症などが含まれます。たとえば、工場で機械に巻き込まれて手を手術した場合や、オフィスで書類整理中に棚が倒れて肩を打った場合、業務遂行性と業務起因性を満たすため、業務災害として認められます。配達業務中に荷物が崩れて足を骨折した場合も、業務中の事故として認められるでしょう。
複数業務要因災害
複数業務要因災害は、複数の事業で働く労働者が、それぞれの業務を要因として発症した病気を指します。とくに、脳・心臓疾患や精神障害が対象となります。
複数事業での労働を合算して労災を判断することを可能にし、過労による健康被害を防ぐための重要な手段です。たとえば、複数の会社で働く労働者が、それぞれの業務で過労を重ねてうつ病を発症した場合、複数業務要因災害として認定されることがあります。
通勤災害
通勤災害とは、労働者が通勤中に被った傷病や障害、死亡を指します。合理的な経路・方法による通勤中の事故に限られ、寄り道や私的な行為による事故は除外されます。具体的なケースは以下のとおりです。
通勤災害と認められる例 | 通勤災害と認められない例 |
---|---|
・通勤中に電車が脱線して負傷した ・自転車通勤中に車と衝突して足を骨折した ・雨の日に徒歩で通勤中、歩道で転倒して手首を骨折した | 通勤中に私的な買い物で大きく経路を外れた |
通勤経路を著しく逸脱した場合は、通勤災害と認められない可能性が高くなります。
労災保険給付の種類一覧・補償内容
労災保険の給付内容は、療養給付、休業給付、傷病年金、障害給付、遺族給付、葬祭給付、介護給付、二次健康診断等給付に分類されます。
種類 | 補償内容・注意点 |
---|---|
療養(補償)等給付 | 治療費・入院費などを全額補償(労災指定病院なら無料)。現物給付が原則。 |
休業(補償)等給付 | 業務災害・通勤災害で休業時、給付基礎日額の約6割を支給。初日~3日は対象外。 |
傷病(補償)等年金 | 治療が長期化(1年6か月以上)し、かつ一定の障害が残る場合に支給される年金。 |
障害(補償)等給付 | 障害等級(1~14級)に応じて年金または一時金を支給。程度によって支給形態が異なる。 |
遺族(補償)等給付 | 労働者が死亡した際に遺族に支給。年金と一時金があり、条件により支給が停止されることがある。 |
葬祭料等(葬祭給付) | 死亡した労働者の葬儀を行った者に支給。315,000円+給付基礎日額30日分、または60日分の高い方。 |
介護(補償)等給付 | 障害(補償)等年金や傷病(補償)等年金を受給中で、常時または随時介護が必要な場合に支給。月額上限あり。 |
二次健康診断等給付 | 定期健診等で異常が見つかった場合に、精密検査・特定保健指導が無料で受けられる |
参照:『労災保険給付の概要』厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署
以下では、給付の詳細と要件についてさらに詳しく解説します。
1.療養(補償)等給付
療養給付は、労働者が業務災害、複数業務要因災害、または通勤災害により療養を必要とする場合に行われます。
現物給付としての「療養の給付」と現金給付としての「療養費用の支給」の2種類があります。「療養の給付」は、労災病院や労災指定病院で無料の療養が受けられる制度です。治療費、入院費、看護料、移送費など通常療養に必要なものがすべて含まれます。
治療効果の認められていない特殊な治療や、傷病の程度から必要がないと認められる付添看護師の雇用費用は支給されません。
2.休業(補償)等給付
休業給付は、労働者が業務災害や通勤災害により療養のために休業し、賃金を受け取れない場合に支給されます。
休業開始4日目以降について給付基礎日額の60%相当額が支給されます。特別支給金として給付基礎日額の20%相当額が加算され、合計で給付基礎日額の80%相当額が支給されます。
給付を受けるためには、業務上の事由または通勤による病気やケガで療養中であること、療養のために労働することができない期間が4日以上であること、労働できないために事業主から賃金を受けていないことが必要です。
▼休業補償について詳しく知るには以下の記事もご確認ください。
3.傷病(補償)等年金
傷病年金は、療養開始後1年6か月を経過しても治療が完了しない場合に支給されます。具体的には、傷病等級に応じて給付基礎日額の313日から245日分の年金が支給されます。
4.障害(補償)等給付
障害給付は、労働者が業務災害や通勤災害により身体に一定の障害を負った場合に支給されます。障害の程度に応じて、年金や一時金が支給されます。
具体的には、障害等級が1級から14級まであり、1級が最も重度の障害を示し、数字が大きくなるほど障害の程度は軽くなります。たとえば、視力の損失や四肢の機能低下などが該当します。
5.遺族(補償)等給付
遺族給付は、労働者が業務災害や通勤災害により死亡した場合に、遺族に対して支給される遺族年金や一時金です。
ただし、被災労働者が死亡したとき55歳以上60歳未満だった場合、60歳に達するまでは労災遺族年金の支給を受けられません(「若年停止」といいます)。
6.葬祭料等(葬祭給付)
葬祭給付は、労働者が業務災害や通勤災害により死亡した場合に、葬儀を行った者に対して支給されます。支給額は、315,000円に給付基礎日額の30日分を加えた額です。
ただし、支給額が給付基礎日額の60日分に満たない場合、給付基礎日額の60日分が支払われます。
通常は実際に葬祭を行った遺族に支払われますが、葬祭をする遺族がなく、事業主や友人が葬祭を行った場合、事業主や友人が支給対象となります。
7.介護(補償)等給付
介護給付は、労働者が業務災害や通勤災害により一定の障害を負い、介護が必要な場合に支給されます。
支給対象となるのは、障害(補償)年金または傷病(補償)年金を受ける権利がある労働者で、常時または随時介護を要する状態にある場合です。常時介護の場合、支給額は月177,950円を上限として支給されます。
8.二次健康診断等給付
二次健康診断等給付は、労働安全衛生法に基づく定期健康診断等で特定の異常が見つかった場合に受けられる制度です。特定の検査項目で異常が認められた労働者が対象となり、精密検査や特定保健指導が受けられます。

労災保険の種類別|給付額をまとめ
労災保険の給付額は、給付基礎日額に基づいて計算されます。基準額は、労働者の賃金や勤務日数に応じて決定されます。
具体的には、給付基礎日額は過去3か月間の賃金総額をその期間の総日数で割った額です。各給付の内容と給付額の一覧は以下のとおりです。
給付の種類 | 給付内容および給付額 |
---|---|
療養(補償)給付 | 必要な療養の分だけ給付。労災指定医療機関なら無料 |
休業(補償)給付 | 休業4日目以降、1日につき給付基礎日額の60%相当額 |
傷病(補償)年金 | 給付基礎日額の第1級313日分から第3級245日分の年金 |
障害(補償)給付 | 障害等級に応じて年金または一時金を支給。年金は第1級313日分から第7級131日分、一時金は第8級503万円から第14級56万円 |
遺族(補償)給付 | 遺族年金は給付基礎日額の153日分から245日分、一時金は300万円 |
葬祭料等(葬祭給付) | 315,000円に給付基礎日額の30日分を加えた額、または60日分のいずれか高い額 |
介護(補償)給付 | 常時介護の場合、月177,950円を、上限として支給 |
二次健康診断等給付 | 精密検査や特定保健指導の給付 |

労災保険料の計算と支払い方法
労災保険料は、労働者を雇用する事業主が全額負担しなければなりません。以下では、労災保険料の計算方法や支払い方法について概要を解説します。
計算方法
保険料の計算方法は、賃金総額に労災保険料率を乗じて算出します。
労災保険料 = 賃金総額 × 労災保険料率 |
賃金総額は、労働者に支払われるすべての賃金が対象です。基本給、賞与、通勤手当、残業手当、休日手当、扶養手当、家族手当などが含まれます。
事務員の労災保険料率が0.3%の場合、年間賃金総額が300万円であれば、労災保険料は次のように計算が可能です。
労災保険料 = 300万円 × 0.3% = 9,000円 |
▼労災保険の金額計算について詳しく知るには、以下の記事をご確認ください。
労災保険料は、建築業や土木工事など事故リスクの高い業種ほど保険料率が高く設定されています。
▼労災保険料率について詳しく知るには以下の記事でご確認ください。
支払い方法
労災保険料は、雇用保険料と合わせて労働保険料として年に一度、概算額を納付し、次年度に精算するのが一般的です。納付時期は、毎年6月1日から7月10日までです。この期間内に、管轄の労働基準監督署で申告と納付を行う必要があります。
労働保険料の納付方法は、現金納付、口座振替、電子納付などがあります。保険料を効率的に納付できるでしょう。
労働保険料は、年度更新時に概算で納付し、次年度に賃金総額が確定した後に精算します。過年度の保険料と実際の賃金総額に基づいて差額を調整します。
▼労災保険の支払い方法ついて詳しく知るには、以下の記事をご確認ください。
労災保険の各種手続き
労災保険の手続きは、企業が労働者の安全を確保し、法的責任を果たすために重要です。労働保険の成立手続きと申請手続きの2つに分けて、以下で概要を紹介します。
労働保険の成立手続き(労災保険の加入手続き)
企業は労災保険に加入するため、事業開始時に、以下の書類を所轄の労働基準監督署に提出する必要があります。
書類名 | 期限 | 提出先 |
---|---|---|
労働保険関係成立届 | 保険関係が成立した日の翌日から10日以内 | 所轄の労働基準監督署 |
労働保険概算保険料申告書 | 保険関係が成立した日の翌日から50日以内 | 同上 |
登記事項証明書(法人の場合)事業主の住民票(個人事業主の場合) | 保険関係が成立した日の翌日から10日以内 | 同上 |
個人事業主の場合は、住民票など、事業形態や状況により追加で必要な書類があります。
▼労災保険の加入手続きは基本的に「労働保険」として雇用保険と一体で進めます。労働保険の加入手続きについて詳しく知るには以下の記事もご確認ください。
労災を申請する手続き
労災が発生した場合、基本的に負傷した本人が以下の手続きで労災保険給付を申請します。企業が代行する場合もあるため流れをおさえておきましょう。
手続き | |
---|---|
1. 労災発生の報告 | 従業員が会社に事故を報告 |
2. 必要書類の準備 | 各種給付請求書や診断書の準備 |
3. 提出 | 労働基準監督署への提出 |
▼労災保険の申請手続きについて詳しく知るには以下の記事をご確認ください。
精神疾患による労災保険の給付条件
近年、従業員のメンタル不調が増加しており、企業にとっても対処しなければならない課題です。とくにうつ病などの精神疾患は、条件を満たせば労災保険の給付対象になりますが、判断が難しいと感じる人事担当者も多いのではないでしょうか。
精神疾患が労災として認められるための要件を紹介していきます。
参考:『令和5年度「過労死等の労災補償状況」を公表します』厚生労働省
うつ病でも労災保険の給付対象?
うつ病が労災として認定されるには、以下の3つすべてを満たす必要があります。
- 対象疾病を発病していること
- 業務による強い心理的負荷があったこと
- 業務以外の要因での発病ではないこと
対象疾病とは、うつ病や統合失調症といった特定の精神疾患を指し、医師の診断書が必要です。そして発病前おおむね6か月間の間に、業務による強い心理的負荷があったとことが判断の分かれ目となります。過重労働やパワハラなどがその一例です。
私的な問題で発病したものではないことも証明しなければなりません。たとえば、家族の離婚や犯罪被害などが原因で発病した場合、労災は認められないでしょう。
労災保険【企業側】注意点
労働者の安全を確保するうえで、企業側が労災保険の特徴を理解することは重要です。制度の全体像を理解するためにも、注意したいポイントを3つ紹介します。
- 特別加入制度を利用できる場合がある
- すべての損害が補償されるとは限らない
- 労災の申請は基本的に従業員自身で行う
特別加入制度を利用できる場合がある
労災保険には、労働者以外の者が特別に加入できる制度があります。中小事業主や一人親方、特定作業従事者、海外派遣者などが対象です。労働者と同様の業務に従事していることが多いため、労災保険の対象となります。
▼特別加入について詳しく知るには以下の記事もご確認ください。
すべての損害が補償されるとは限らない
労災保険は、業務中や通勤中に発生した事故や病気に対して補償を行いますが、すべての損害が補償されるわけではありません。療養日数や賃金額に応じて支給され、実際の損害額を完全にカバーするとは限りません。慰謝料や逸失利益などは労災保険の補償対象外です。
労災の申請は基本的に従業員自身で行う
労災の申請は、基本的に従業員自身が行います。申請に使う書類は、企業が入手して事業主の署名を得ることも可能です。
企業は、労働者が労災請求する際に必要な情報を提供し、手続きをサポートする必要があります。とくに、事故のため自分で手続きが困難な場合には、会社が代わりに対応することもあると理解しておきましょう。
まとめ
労災保険は、業務中・通勤中に発生した事故や病気に対して幅広い補償を行う、万一に備える制度です。
企業が1人でも労働者を雇用している場合は加入義務があり、ケガの状態などに応じて8種類の給付が用意されています。
労災保険は企業と従業員双方を守る制度ですが、何より大切なのは「そもそも労災を起こさない」安全な職場環境をつくることです。
とくに精神疾患や複数業務要因災害など、近年増えているケースに対応できる知識が求められる今、制度の理解に加えて、安心して働ける環境づくりに取り組んでいきましょう。
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